[ 第18回 もう一人のユウギのパーフェクト勝利教室2 (1) ]


 『その男性を思い出せば、彼女は正気に戻るかもしれない。
  その男の名は―――』

 パキッ。

 その名がこちらに届く前に、携帯はユウギの手の中で文字通り粉々になった。

 「え」

 「ききたく・・・ない・・・・ 何もききたくない・・・」

 もも子の様子が変だった。いやに静かで、いままでで一番肝が冷える。

 「マリク殿・・・あの方さえ、いれば私は・・・ ・・・・私はーーー!!」

 迫力負けして、思わず目をつぶった。
 振り上げられた拳は、見かけよりもずいぶんあっさりとユウギの手のひらに収まった。

 「何っ!?」

 「やはり、俺が出なきゃ締まらないだろう」

 攻撃を受け止めたのは、やはり彼だった。

 (君、どうして・・・!?)

 「お前が死ねば、俺も死ぬ」

 ヒヤリとした。

 ユウギはもちろん死ぬつもりはなかったが、それが直接彼に影響を与えるものとは思っていなかった。
 彼がしてきた身勝手は、度を越しているとはいえ、どれもユウギの安全を思ってのことだった。それはひいては直接彼の命を守ることにつながっている。

 事実、彼は何度も『戦えないユウギ』の代わりに命を張って悪魔と戦っている。確かに命の恩人だった。
 命を危険に晒してまで、文句一つ言わず、恩を着せるどころか姿すら見せず、頼りない自分を守っていてくれたのだ。

 「俺はこんなところで死ぬのはゴメンだ。 それとも、心中してほしいのか?」

 (わ、私・・・そんなつもりじゃ・・・!)

 ふっと鼻で笑ってユウギから目を逸らし、彼はもも子のいる方向を見据えた。

 「ここで生き残らなければ、護るものも護れない。・・・今は俺を利用しろ。
  力が欲しいと言ったのはお前だ。俺はそれに応えたまで。
  ・・・もう忘れたのか?」

 (それは・・・・でも私は、やっぱり君は間違って)
 「黙れ!!」

 からかいながら諭すような口調はがらりと変わり、余裕のない怒声を浴びせられユウギは肩を震わせた。
 それを見てもう一人のユウギは舌打ちして罰が悪そうに顔を背けた。

 「・・・・・・だいっきらい、なんだろう?」

 (・・・・・え?)

 「力が欲しいっていうから、何度も助けてやったのに・・・
  お前を害そうとする悪い奴らも倒したのに・・・」

 どんな罵倒が来るのかと思えば、予想だにしなかった言葉を耳にして、

 「好き勝手言いやがって・・・・なら俺も勝手にさせてもらう!」

 ・・・す、拗ねてる。



 [ 第18回 もう一人のユウギのパーフェクト勝利教室2 (2) ]

 さすがもう一人の自分である。まさかこんな幼稚な捨て台詞に乗ってくるとは。
 ユウギがユウギなら、彼も彼だ。

 「・・・いや、別に恩を売るつもりはない。俺が勝手にやったことだ。
  お前は黙ってそこで見物してな!」

 (え・・・君、そんなこと考えて・・・・ご、ごめん!)

 「何を謝る?
  俺はなにも怒っちゃいないが?」

 (え、えーと、だから・・・

  えっと・・・・・・私に力を貸してくれる?)

 「!」

 表情はあまり変わらないが、ぱあああとオーラが桜満開てな感じに花開いていく。

 「・・・フン、最初からそういえばいいんだ」

 さっきまでの背中の哀愁はどこへやら。
 すっかり意気を取り戻した彼は、背中をぴんとはってもも子に対峙した。

 「武藤ユウギが男に・・・!?
  術を使うのですか!」

 「残念だが、種も仕掛けもないのさ!」

 ユウギは果敢に攻撃を繰り出す。もも子は持ち前の運動能力でかわしていった。

 「なるほど、今度は少々骨が折れそうですね。
  しかーし!  マリク殿は渡しません!いざ、勝ー負っ!!
   ―――はああああぁーっ・・・!!」

 気迫が溢れ出すと共に、もも子のオーラは黄金色に輝きだし、スピードが一気に上昇した。
 某ゲーム風に言えば無双乱舞か。

 「全力で参りますっ!  昇龍裂天衝っ!!」

 「ぐあっ!?」

 こちらも全力で回避したが、ユウギはまともに攻撃を受けてしまった。急所は外したものの、致命傷だ。強い。今まで戦った誰よりも。
 せめて、万全の状態なら。引き渡された時点ですでにボロボロの身体が恨めしいが、正直もしベストコンディションでも楽には勝てそうにない。

 (大丈夫!? ごめん、君に怪我が引き継がれるなんてになるなんて)

 「よせ・・・まだ負けた訳じゃない」

 (でも・・・)

 「少し黙れ・・・くるぞ!」



 [ 第18回 もう一人のユウギのパーフェクト勝利教室2 (3) ]

 もも子の上段からの蹴りを流して利用し、ユウギは腹に拳を入れる。しかしもも子は攻めの型を崩さず、痣が増えても怯まない。
 このままでは―――負ける!

 「攻撃は最大の防御なり!
  これで終わりです!
  波夷羅一伝無双流奥義―――黒龍イブニングデストロイヤー!!」

 もも子の拳から繰り出される黒龍が、標的として捕らえたユウギに牙を剥く。
 クリティカルヒットしたものの、千年パズルが光ったかと思うと突如黄金の障壁が現われて黒龍を弾いた。

 「!?
  今のって・・・  ・・・あれ? もう一人の私・・・?」

 いつの間にか肉体の主導権はユウギに移っていた。
 しかし代わりに引き裂かれたのは、人の形をした人ならぬものだった。もう一人の肉体の住人に話しかけても、反応がない。まさか今の障壁は、彼が残りの力を使い果たして生み出したものだったのだろうか。

 「もう一人の私? どこ?  ・・・返事してよ!ねえ!?」

 「隙あり! ――第二打ぁ!!」

 そこへ容赦なくもも子は追撃を放つ。
 完全な隙をつかれユウギは死を覚悟するが、粉々に砕け散ったのは彼女の肉体ではなく、悪魔の顔を持つ精霊だった。

 「ネクロフィア・・・!?」

 ごぼごぼと形を崩しながら地に沈んでいく。ネクロフィアがここに居ると言うことは―――。
 いつの間にやら、もも子の後方に彼女は立っていた。

 そして強気な視線の先にもも子をすえる。

 「ネクロフィアちゃんを倒してくれてありがとう」

 「なに奴!? 邪魔をするならば、容赦しません!」

 もも子が黒龍を放つ。しかしそれは彼女に届く前に動きを止めた。

 「!? 黒龍が・・・!?」

 「ダーク・ネクロフィアの特殊効果発動!
  殺されたネクロフィアは、殺した相手に憑依することができる。
  そしてとり憑かれた対象は、ダーク・ネクロフィアの操り人形になるよ・・・」

 「何っ!?」

 黒龍の背後にぼんやりと消滅したはずのダーク・ネクロフィアが浮かぶ。
 ミサは、自我を失っている黒龍――否、それを操るダーク・ネクロフィアに攻撃対象を指し示した。

 「行くよ、ネクロフィアちゃん―――“スピリット・バーン”!!」

 ミサが高らかに宣言した瞬間、硬直していた黒龍からおぞましい死霊が飛び出し、もも子にぶつかる。

 「きゃあああああああーっ!?」



 [ 第18回 もう一人のユウギのパーフェクト勝利教室2 (4) ]

 もも子は死霊に弾き飛ばされ、吹っ飛んだ。
 その隙を突いて、ミサはユウギに駆け寄る。

 「ユウギちゃん、大丈夫〜!? こんなに傷だらけになって・・・」

 満身創痍のユウギを抱き起こす。
 熱い。傷が多いせいか、発熱しているようだ。

 「ミサちゃん・・・。 どうしよう・・・もう一人の私が・・・っ」

 「え? ユウギちゃんがもう一人? ・・・ドッペルゲンガー!?」

 とたんに顔を輝かせた彼女から、つい視線を外してしまった。


 生気を一気に奪われ、顔は蒼白だったが、すぐに体制を整えたもも子。身体を反転させ、標的をミサに再び合わせた。

 「・・・・小癪な・・・  ならばこの手で直接葬るまで・・・!」

 しかし殺気を感じ取り、瞬時に元居た場所から飛びのく。刹那、トンファーがその場所にめりこんでいた。

 「へぇ? やってみなよ。
  もっともそんなこと可能なら、とっくの昔に僕がやってるだろうけどね」

 腰に響くような低い男の声。
 変身済みの最強の元・風紀委員長。堂々の参戦です。



 [ 第18回 もう一人のユウギのパーフェクト勝利教室2 (5) ]

 「レイちゃん!ユウギちゃんのカタキ、逃がしちゃだめだよ!」

 「くっ・・・新手か!」

 しかも・・・この男、できる!
 格闘家の勘がビビっときて、もも子の表情に焦りが浮かんだ。

 「決闘に横槍を入れるとは無粋な!くっ、マリク殿のため、ここは退かせていただきます!
  ――総務殿!」

 「はい。 こちら逃走用煙幕・地球環境への影響を考慮したナイトメア推奨バージョン2になります」

 「武藤ユウギ!決着はまたいずれ・・・マリク殿は渡しません!
  では、さらばっ!」

 煙幕の煙と共にナイトメアの二人は姿を消した。
 だから、マリクって誰。

 ぽかーんと煙幕が薄れるのを眺めているうちに、いつの間にかユウギたちのそばに雲雀が歩み寄っていた。
 ぼけっとしている顔が気に食わなかったのか、鼻をつままれた。

 「全く、学校ずる休みして遊園地だなんて、風紀を乱すにもほどがあるよ。
  他の生徒が真似したらどうしてくれるの? 咬み殺すよ」

 「い、いひゃいれす」

 鼻を引っ張り飽きたのか、あっさり指は離された。
 冷たい口調とは裏腹に、雲雀は頬に出来た傷のそばを撫でる。

 「ずいぶん派手にやられたね。そんな調子じゃこの先が思いやられるよ」

 「でも無事でよかったよぉ〜。今回の相手はハンパなく強かったみたいだしねぇ〜?」

 「彩並さ・・・雲雀さん。
  そういえば二人とも、どうしてここに・・・」

 「ジャーキーからSOSがきたんだよ〜」

 「ともかく、とっとと帰るよ。
  ぐずぐずしてなら病院閉まるし・・・」

 「おやおや、君にはお抱えの医師の一人もいないのかい?
  可哀想に」

 薄暗い空間が突然ライトアップされた。
 明るさに目が慣れた時、そこに現れたのは長身の男だった。





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