[ 第17回 もう一人のユウギのパーフェクト勝利教室 (1) ]

 「もう逃げられません・・・見つけました、武藤ユウギ!」

 その通り、逃げ場がなかった。
 やはり戦うしかないのか。

 この千年パズルとやらを奪われたらジ・エンド・オブ・ザ・ワールド的なことをジャーキーから一方的にメールを送られただけで、なんのことやら未だに良く分かっていない。
 なのに「身を呈してでも護れ」といわれているのだから、正直やっていられない。

 しかしジャーキーはあれでも大恩人。裏切るわけにはいかなかった。
 そうだ。ここで踏ん張らねば、何のためにこの年で中学校に転入までしたのやら。

 「・・・ジャーキーとの約束なの。悪魔なんかに、この千年パズルは絶対渡さない!」

 「千年パズル・・・? そんな奇妙な装飾品など、いりません!」

 「へ!?」

 うっかりコケそうになる。 全身全霊で斬って捨てられてしまった。

 「私が欲しいのは、あのお方の―――マリク殿の心・・・」

 うっとりと虚空を熱っぽく見つめ、もも子はハートを飛ばす。

 「この想い、誰にも負けません!!」

 背景にはもちろんキラキラした謎のフィルター。乙女モード全開で彼女は熱く語る。

 だから、マリクって誰だよ。
 相手がマジ過ぎてつっこめない遊戯である。

 「あの方こそ私の全て! 私は、あの方なしでは生きられないのです!
  さぁ、構えなさい武藤ユウギ!
  力ずくでも、マリク殿を貴女から取り戻します!!」

 話が通じる相手ではなさそうだ。
 やむを得ず、ユウギは携帯電話を手にとって変身の呪文を唱えた。衣装が変わり、いつものよく分からない魔法少女に変身完了。

 「これでも神には恩があるんだ・・・・悪いけど、君には負けない!!」



 [ 第17回 もう一人のユウギのパーフェクト勝利教室 (2) ]

 しかし当然、この超格闘技少女になんつって魔法少女じゃ適うはずもなかった。
 狭いフィールドで敵の攻撃を素人にしては大健闘なレベルで避け続けたが、とうとう敵の技をまともにくらい、ユウギは膝をついた。

 「もうお仕舞いですか?」

 もも子に負われて園内を走り回り、始終緊張していたツケが今来てしまった。体は鉛のように重い。

 (相棒、代われ)

 彼がユウギに話かけてきたのは、あの時以来だった。

 (やだ・・・絶対いや・・!)



 「――・・・死ぬ気か?」

 今度は少女の声。
 遠くから呼びかけるようなボンヤリとした声が、ぴんと輪郭を帯びる。
 
 いつか見た感覚を思い出すうちに、闇は薄まり、遊戯はかつての自分の部屋によく似た場所に立っていた。
 そう、以前気を失った時に来た、あの奇妙な部屋。

 そして目の前に自分と対になるように立っていたのは、自分の身体を乗っ取り動かしていた、自分と同じ顔をした少女――もう一人の自分だった。
 しかし、その中身はあの少年なのだろうことをユウギは感じ取っていた。

 「悪魔だろうが何だろうが、お前が勝てる相手ではない。 分かっているんだろう?」

 「そうやって、また私の体で誰かを傷つけるの?」

 「何?」

 「君は分かってないよ。 自分が何をしたのか・・・」

 負けられない。しかしユウギには勝つ自信もなかった。
 もしものことを考えると途方にくれてしまう。それでも、ユウギは彼の手をとりたくはないのだ。

 「ここで悪魔を倒せば、たくさんの人間が酷い目に遭うのかもしれない・・・いつかの武田くんみたいに。
  でも、関係のない誰かを、君が――ううん、私たちが傷付けるかもしれない。
  私はそんなこと許せないし、これからそんなことをするのを許すつもりもない!」

 きっと、その選択で多かれ少なかれ犠牲が出るのだろう。やむを得ず了承するしかないのかもしれない。
 それでも嫌だった。気持ちの問題だ。

 「奴らは相棒に危害を加えようとした。俺は正々堂々正面から挑んで勝った。それだけのことだ」

 「だからって・・・あれはやりすぎだよ!」

 「あいつらは罰を受けるに値するような悪人だったんだ」

 「そうだとしても、もっとやり方が色々あるでしょ!
  あーもう、意味分かんない!ここどこ!君は誰なの!?」

 「ここはお前の心の部屋だ」

 「心の部屋?」



 [ 第17回 もう一人のユウギのパーフェクト勝利教室 (3) ]

 「そうだ、お前の心の中の部屋だ。 普通、心の部屋は一人につき一つだが・・・」

 ドアを開けると、廊下を挟んで向かいの部屋がある。
 ウジャトの眼の装飾のついた、厳かな扉だった。

 「こっちは俺の部屋だ。 つまりお前には心の部屋が二つあるということになる。
  俺のことは俺にも良く分からないが、恐らく千年パズルが関係しているのだと思う。
  ・・・同じマークが付いているしな」

 ユウギの首から下げられているパズルと扉を見比べずとも、見覚えのある装飾。
 確かにそう考えるのが自然だろう。

 「お前と俺は二重人格のようなものではないかと思ったんだが・・・
  もっと複雑な事情でもあるのかもしれないな」

 彼が自分の部屋に踏み込むと、扉を境にして姿が変わる。
 そこに居るのはちっともユウギとは似ていない、変わった髪形の少年だった。

 「どうやら、俺の心は男なのかもな。 変身した時も、この姿だった。やっぱりこっちの方がしっくりくる気がする・・・なんとなく、だがな。
  だが、こっちの姿も嫌いじゃないぜ」

 部屋から再び出れば、ドッペルゲンガーの少女が現われる。

 「ともかく、あの悪魔と戦うのは、俺だ。
  か弱いお前は大人しく、俺の言うとおり部屋に引っ込んでいろ。余計な怪我はしたくないだろう?
  俺も体が使いづらくなれば迷惑だ。 それに―――俺が勝たなきゃおかしいだろ?」

 おまけにとんでもない負けず嫌いらしい。
 勝ち誇ったような微笑を向けられ、とうとうユウギの“がまん”がとかれた。

 「信じらんない」

 「・・・相棒?」

 もう一人のユウギは、急に態度が変わったユウギに首をかしげる。
 『言葉の通じない』相手にすっかり頭に血が上り、一歩こちらに近づいてきた彼を、もときた方へ精一杯の力で突き飛ばした。

 彼は尻餅をつくどころかよろめいただけだったが、に余裕ぶった態度が少し崩れた。

 「何が相棒なの・・・? 何でもかんでも好き勝手!
  分かってない・・・私の言ってること、何一つ分かってないよ・・・!
  都合のいいときだけ馴れ馴れしい態度とるのはやめて!!」

 「何を・・・」

 「君には君の部屋があるんでしょ? なら、私の部屋から出て行って。
  君と私は別の人間なんだから、あるべき場所に居るのが自然だよ。君が好き勝手するなら、私だって好き勝手させてもらう」

 心の部屋から追い出そうとするユウギに、もう一人のユウギはされるがままだ。
 されるがままというより、突然のことに反応に困って何もできないというのが正しい。

 「お、おい・・・」

 「勝手でごめん。 でも、もう顔もみたくないんだ。
  もう一人の私なんか―――だいっきらい!!」

 まさか大学生年齢とは思えない発言と共に、勢いよく二人の間の扉は閉ざされた。



 [ 第17回 もう一人のユウギのパーフェクト勝利教室 (4) ]

 扉を閉めた瞬間、ぐにゃりとユウギの意識が歪んだ。
 重力が身体をきしませる。疼くような痛みにくぐもった声が喉から漏れた。

 「う、ぐっ・・・・」

 「お目覚めですか?」

 凍えるような女の声が無感情に響く。
 満身創痍で地面に転がっているユウギの前に立っていたのはやはりもも子だった。

 「ふふ・・・これでマリク殿は私のもの・・・・・」

 もも子の手が、ユウギの首筋めがけて振り上げられる。
 彼女の手刀なら、ユウギのやわな首などたやすくもげてしまうだろう。
 逃げなければならないのは分かっていたが、もはや疲労と激痛で、頭も身体も正常に動かない。

 「さようなら、武藤ユウギ!」

 朦朧とした意識を覚ましたのは、神の声だった。



 ≪迫るぅ〜 ショッカァ〜 地獄のぐーんーだ〜ん≫



 「はっ!?」

 「あっスミマセン。 はい、もしもし」

 思わず大きく飛びのいたもも子。
 これも神の力なのか。それにしても習慣とは恐ろしいもの。指先を動かすのも億劫だったはずの身体があっさり動き、通話ボタンを押していた。

 『やあ、ユウギ。 調子はどうだい?』

 「死にそうです」

 音量調節で誤差があるのか、ずいぶん音が大きい。会話内容はもも子にも届いているようだ。

 『それは良くないね。
  さて、実は君の目の前にいる悪魔についての情報が手に入った。
  彼女はナイトメアの人間ではあるが、操られているんだ』

 「操られてる?」

 『恐らくは、人を操ることのできる杖を持つマリクという悪魔の仕業だろう。
  彼女には心に決めた男性がいたが、その気持ちを操作して自分に向けさせ絶対忠実のしもべにしたんだろう。 どうか彼女を倒し、救ってやってくれ。本当はこんなことはしたくないはずだ』

 「ごめん、意識朦朧としてて何いってるのか分からない」

 『その男性を思い出せば、彼女は正気に戻るかもしれない。
  その男の名は―――』



 [ 第17回 もう一人のユウギのパーフェクト勝利教室 (5) ]

 「あら、マリクちゃん
  奇遇ねーん」

 相手をみつけた瞬間マリクはうっと顔を歪めた。

 「妲己・・・どうしてここに」

 「いやーん、わらわはお仕事よ
  海馬コーポレーションはナイトメアの大切なスポンサーですもの。お使いついでに、海馬ランドの視察をね
  真面目な外まわり営業よ

 「お使い・・・?」

 人を顎で使うのが生業の女王かぶれが、自ら使い走りのような真似をするとは。
 ものっそ怪しい。

 「あは。 マリクちゃんこそ、平日のこんな時間帯にどうしてこんな所に居るのかしら
  わらわに教えてぇ〜ん?」

 「くっ・・・有給をどう使おうと僕の勝手だ!」

 「いや〜ん、つれない
  ――そういえばマリクちやんが追ってる例の千年パズルの持ち主は、どうだしたのん?
  もう殺しちゃったかしら?」

 「何!? その情報、どこで・・」

 「わらわの情報網なめちゃダメダメよん。
  その子についてなんだけど、殺しちゃダメだから気をつけてね、マリクちゃん」

 「どういうことだ」

 もちろん、マリクは最初からユウギを殺すという考えはない。しかしそれが上の決定となれば喜ばしい事態ではあるが、変に勘ぐってしまうのも無理のないことだった。

 「魔王様からの命令よ。 器を壊してはだめ・・・大切な人柱なんだから

 「人柱だと?」

 不穏な文字並びである。
 詳しくは魔王様にでも聞いてねぇん、と疑問は切って捨てられた。

 「それに彼女を海馬社長がいたくお気に召されたようなの
  捕まえてもつまみ食いしちゃダメよ♪」

 「そうか、海馬社長が・・・・・・  え?」

 な・・・なんだって―――!!




ちょっと具合悪いですがここで切らせていただきます。
もう一人のユウギにはげましのお便りをかこう!


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