[ 第15回 おねがいマリメロディ (1) ] 「千年パズルは?」 にこりと天使のように微笑む少年。しかしその正体は魔王の配下の悪魔が一人である。そして金の杖を向けられあわてふためくエリマキトカg――男も彼と同じく悪魔だった。 「お待ち下さい、マリクさん!これには訳がっ!全てあのバイトが無能なせい・・」 「うるさい黙れ。 没シュートです」 「いやだぁ!あそこは嫌っ・・・・ マリクさぁああぁあぁぁああ―――ん!!」 テレッテレッテ〜。 すっかりジャパニーズカルチャーが浸透したエジプシャンにより不思議発見な効果音付きで千年ロッドを突き付けられ、ディストはまた深い闇の底へ落ちていった。 頭痛の原因は文字通り消えたが、マリクの表情は冴えない。 まずい。マズすぎる。精鋭である部下は、未だに空振りっぱなしだ。結局何もせずに帰ってきたディストはまた例の反省室行きである。 「一度ならず二度までも・・・! 面子丸つぶれだよ、まったく・・・・。 総務!長曽我部は?」 「はい。長曽我部さんは撤収中に行方を眩ませております」 「チッ、逃げたか・・・使えない社会的不適格者め! ・・・こうなったら気は進まないけど、実力は確かだし、彼女を使うのが確実か・・・」 部下の中で1番忠誠心が強い人物を思い浮かべるが、サッと顔を青くしてすぐにそれを消し去った。 (い、いや駄目だ! アイツじゃ、勢い余ってユウギを殺しかねない!!) 駄目だ駄目だと首を横に振るナイトメア幹部マリク。 エンジェルなんだから、いいじゃないか。 (大体、卑怯なんだよ、アイツらっ・・・ユウギに会えるくせにむざむざやられてさ・・・。 ハッ・・・そうだっ!僕自らが行けばいいじゃないか!!) ナイス思い付き!と、勢いよく革の椅子から立ち上がり、目を輝かせる。 「えーとえーと、まずシャワー浴びて・・・久しぶりにユウギに会うんだから、変な恰好しないようにしなきゃね! ――総務!」 「はい」 こうしてはいられないとマリクは衣装ケースの中身を広げさせた。 「こ、これとかどうかな?ちょっと派手過ぎる?」 「よくお似合いです」 「・・・花束とか、持ってった方がいいかなぁ?」 千年パズルは? 「マリク殿・・・」 物影から彼を盗み見る少女は痛む胸を押さえて切なく溜息をつく。が、いかんいかんと頬を叩いて気合いを入れる。そしてこっそりマリクの机の上にテーマパークのペアチケットを置いて音もなく去ったのだった。 [ 第15回 おねがいマリメロディ (2) ] 今日でずる休みは3日目だ。 義務教育は修了済みなので問題はないのだが、それでも元来真面目な性格なユウギには心苦しかった。普段はマネージャーとして慌ただしく過ごしていたから余計に。 あれ以来、ユウギの中に眠るもう一人の人格は現れていない。それでも、人の多い場所ではなにがあるか分からない。自分ではないこの身体に住むもうひとりの誰かがまた事件を起こしそうで怖かった。テニス部に悪魔の陰、と言われても未だに証拠も何もないし、不安を押して登校する理由もない。 (た、食べる物がない・・・) しかしずっと篭っているわけにもいかない。 最寄りの大型スーパーへ向かうバス停に並んでいると、後ろから声をかけられた。大学生くらいの身なりで容姿もよろしいが、頭髪にはありえない色と死んだ目が全てを台なしにしていた。というか、見た目が下手に良い分、男の不気味さが浮き彫りになっていて余計に怖い。もうしわけないが、彼はユウギの描く不審者像そのものだった。 「あの、本当急いでるんで・・・」 「少しくらいいいじゃないか。もうすぐお昼だねぇ、いっしょにランチでもどうだい?あぁ、勿論おごってあげるからお金は気にしなくていいよ。なにが食べたいんだい?パスタかなぁ?」 無理矢理腕を掴まれて引きずられる。まずい。華奢な遊戯では男の力に対抗できなかった。こんな時になって、近頃よくきく監禁事件の悲惨な末路が頭を駆け抜ける。 抵抗を続けたのがカンに障ったのか、一際大きな力でひっぱられてぐらりと身体が揺れる。痛みと恐怖に思わず気が遠くなった瞬間、自分ではないものが身体を満たしていくような感覚が広がった―――“彼”だ。 許さない、と重々しく広がっていく、自分のものではない怒り。 「――ダメ!!」 耳を押さえ、目を閉じて怒りの熱をおさめようと縮こまる。 男の心配をしたわけでもなければ、自分の手を汚す恐怖からのものでもない。トラウマからの反射行動だった。 不審者と呼んで間違いないこの男にとって絶好のチャンスだったのだが、神は―――否、悪魔は見捨てなかった。 「ゴッド・フェニックス!!」 颯爽と現れたマリクは近くに乗り捨ててあった自転車を拝借し、この怪しい男をひき殺した。 「大丈夫、ユウギ!?」 「え・・・ナム、くん・・・!?」 救ってくれたのは、ここに居るはずの無い人物だった。困惑するユウギに手をさしのばす。 「話は後だ。 乗って!」 「う、うん!・・・うわっ!?」 「しっかり捕まってよ!」 ユウギが乗ったのを確認すると、自転車はものすごい速さで走り出した。マリクはさっき盗んだばかりとは思えないほど、自転車を鮮やかに乗りこなしている。常習犯か。 そしてそのまま颯爽と二人は人通りの多い大通りへと向かったのだった。 (※ひき逃げは犯罪です) [ 第15回 おねがいマリメロディ (3) ] 高層ビルの最上階にあるプレジデントルーム。そこからの眺めは素晴らしく、ナイトメアの自社ビルとはまるで違う。 露出の多いところは変わらないが、少しフォーマルなドレスを身に纏って絶景を楽しむ美女は部屋の主に振り返り、笑みをおくる。 「ここの眺めの素晴らしさは変わりないですわねん。海馬様ん」 「当然だよ。どこぞの陰気な建物とこの海馬コーポレーション本社ビル。比べては可哀想だ」 「あはん、そうでしょうともぉん」 老若男女、傾国の美貌に絶賛されて悪い気はしないだろう。あからさまなヨイショではあるものの、場数を踏んだだけあってかわざとらしさを感じさせない。男はその反応に満足げに鼻を鳴らした。 「ところで海馬様ん、お顔の傷はどうなさったのん?」 しかしこの一言で機嫌はがくんと墜落し、“海馬様 ”と呼ばれた男はぎりりと奥歯を噛み締めた。頬にはクッキリと自転車のものらしきタイヤの跡が。 「くっ・・・おのれぇ!今思い出してもハラワタが煮え繰り返る・・・! この俺をひき逃げするとは!」 「あらん、それでも充分男前ですことよん!ホーホホホ・・・ヒューホホホホホホ!」 散々笑い倒してからじっとりと睨みつける男に今まさに気付いたかのように目を丸くしてみせると、いつもの蠱惑的な笑みを再び見せた。 「いや〜ん、わらわったら、すっかり御用を失念しておりましたわん。 海馬様ん、こちらにお目通しをん。例の計画についてのお返事のお手紙だそうですわん」 「何っ!?」 海馬は素早く手紙の封を切り、内容に目を通す。 「ふぅん、ようやくか」 「ええ、直に本格始動することでしょう・・・。魔王様も海馬コーポレーションのお力により滞りなくことを進められ、さぞやお喜びでしょう。それもこれも海馬様のお力の賜物ん・・・さすがは剛三郎様のご子息ですわん」 「養子、だよ。剛三郎は今の僕にとってはもはや関係ないもの――と、前に言ったのは僕の記憶違いかな、妲己」 「いや〜ん、ごめんなさい〜ん・・・瀬人(せと)様ん」 「いや・・・以後気をつけてくれたまえ」 「ええ、もちろん・・・猛省いたしますわん」 ふわりと身に纏うショールの香りに、一層瀬人の目が淀む。 険しい表情が一瞬で軟化した様子を見て、人とは思えぬ怪しい視線を扇で隠した。冷たく歪む、口元も。 とりあえず自分の代わりにいたいけな小中学生が犠牲になっては目覚めが悪いので交番で変質者届けを出したかったのだが、偽中学生としてはあまり気が進まない。「こんな平日に中学生が学校をさぼるから」と叱られるのは情けなさすぎる。 結局、変質者については神に祈るに留め、人通りの多い通りを二人で歩くにいたったのだが―――。 “ようこそ、海馬ランドへ!” 「なんで遊園地にいるのでしょうか・・・?」 「ご、ゴメン、ここのフリーパス持ってたから・・・楽しいところにいたほうがいいかなって。その・・・迷惑だったかな?」 「え! う、ううん!(なんて良い人なんだ!憎いぞ、この若人!) ・・・実はちょっと、まだ怖かったから・・・。ありがとうナムくん。遊園地なんて久しぶり。 でも、私なんかとでいいの?」 「もっ、勿論!」 「あはは、何だか今日はナムくんに助けられてばっかだね。なんかお礼できたらいいんだけど・・・」 「そんな、この間迷惑かけちゃったし、おあいこだよ」 二人は苦笑いを見せあった。 「よしっ、そうと決まれば遊び倒さなきゃ!ナムくん、どこ行きたい?」 [ 第15回 おねがいマリメロディ (4) ] 「(よ、よしっ!何とか手を繋いでみせるぞぉ!根性だ、僕!!) ど、どこ行こうか、ユウギ?」 「んじゃーね、あれ!あのコーヒーカッ、プ・・・・・(“ブルーアイズの餌場”・・・? 誰だこんなシュールなアトラクションに作ったの・・・獏良くんが喜びそう・・・)」 「あれだね? よし、いこう!」 ※大回転 「うぅう・・・世界が、回る・・・」 「ナムくん大丈夫? ごめんね、回し過ぎちゃった・・・ほら、手!捕まって」 「うん・・・」 嬉しいけど、僕格好悪い・・・。 思い描いていたものとはかなり違ったが、小さくて白い手のぬくもりにすぐ機嫌は回復した。むしろ深刻なのはマリクの具合の方だった。 「ほ、ホントに大丈夫ナムくん・・・?」 「だ、いじょうぶさ・・・ユウギこそ、疲れてない?(このままだと以前のバイク事故が実は自分の運転に酔って気を失ったことが原因だとばれてしまう・・・平常心・・・無我の境地だマリク・イシュタール!!)」 バイクやめろ。 しかし次は三半規管に来ないようなアトラクションを選ばなければ本当にまずい。マリクは一先ず時間を稼ぐことにした。 「あっ、喉渇かない?僕何か買ってくるよ!」 「ナム君、飲み物なら私が・・・」 「いいのいいの!ユウギはここで待ってて!いいね!?」 「え、ちょ、ナムく・・・あー行っちゃった・・・大丈夫かな・・って、私のせいなんだけど・・・」 「武藤ユウギ殿とおみうけします!!」 「はい?」 突然背後からフルネームで呼ばれたためふりかえってみれば、白いワンピースを着た裸足の少女がいた。 ご指名のところ悪いが、ユウギは彼女に見覚えがない。 「確かに私が武藤ですけど・・・えーと・・・」 「お初にお目にかかります。私のナイトメア所属の悪魔。名を九頭竜もも子。 私と勝負です、ユウギ殿!」 「え」 「マリク殿を賭けて!!」 「えぇー!?」 マリクって、誰。 [ 第15回 おねがいマリメロディ (5) ] まさか訳アリ・デート中の“ナム=マリク”とは思いもよらないところ。 ユウギの尤もな疑問など露知らず、燃えに燃えまくるもも子は技を繰り出して来た。纏うオーラは龍の如し凄まじさである。 「最初から本気でいきます!」 というか、幻覚なのかユウギには本当に恐ろしい中華風・七つ玉を集めると願いを叶えてくれる系の龍が見えていた。 「黒龍イブニングデストロイヤー!!」 具現化したドラゴンがユウギの立っていた場所をえぐった。コンクリートがベッコリ。雷が落ちたかのような惨状である。危機一髪で避けた―――というより、風圧で吹き飛ばされて無事だったと表現するのが正しいだろう。 「ぎゃーっ!!ちょ、ちょっと待って!!」 「問答無用!」 「問答くらいしてよー!」 ともかく、こんな人の目のある場所でタイマンするわけにはいかない。遊園地のイベントと勘違いしているのか、ただのやじうまか、距離をとってはいるが、人だかりが出来はじめている。人の壁を利用して、ユウギは逃走を始めた。 「(ととととにかく人が居ないとこ・・・! 本物のドラゴンに襲われても目立たないとこは・・・ ・・・・あるわけない―――っ!)」 所変わって、某テニス部の女子マネージャー控え室。 レイとミサは部活の昼休み練習に駆り出されて食べそびれた昼食をとっていた。 「今日も来なかったねぇ、ユウギちゃん。・・・・あ、このパンおいし〜」 レイからは返事はない。しかしこれでもいつもよりましだ。いつもなら「僕の側で群れるな」、くらい言いそうなものなのに。 ≪サツガイ サツガイせよ サツガイ サツガイせよ (KILL! KILL! KILL! KILL!)≫ 「わっ、やばい携帯マナーにしとくの忘れてたぁ〜」 「ちょっと待って、それ着メロなの・・・?」 「着うただよ〜。 っていうか、校歌入れてる人に言われたくありませ〜ん。 あ、ジャーキーだ。 はーい、ミサですぅ」 『ミサか。レイも聴いてるか?』 「聞こえてるよ。何の用? 随分ほったらかしにしてくれたね」 『エンジェル出動だ。現場に急行してくれ。ユウギが悪魔とエンカウントした』 それを聴くなり、二人はマネージャー控室を出た――が、ただならぬ慌しさを気に留めた手塚は声をかけた。 「そんなに慌ててどうした、天音。彩並も」 「何も言わずに早退させて下さい、部長!! 時間が無いんです!」 「待て、天音。そう言われても、俺も立場上理由も聞かずに通せな・・・」 「レイちゃんが生理痛で死にそうだから産婦人科に行かなきゃいけないんです!!」 「ちょっと」 「そ、そうなのか?顔色は良さそうだが・・・」 真面目人間は勢いだけでは倒せなかった。何か不審に思われてしまったのかしつこく食い下がる手塚に、ミサは「男に女の子の何が分かるってんですか!?」「とにかく急いでいるんで通してください!」「産まれる!!」と強引に部活の鬼を説き伏せ、半ば脅して乗り越えていった。 「・・・ねえ、これセクハラじゃないの?」 「知らない!! あ〜も〜、ユウギちゃん寝込んでるはずなのに、なんで悪魔に襲われてんの〜っ!」 ユウギの家に着いてから、ジャーキーより『言い忘れたが、場所は海馬ランドだ』との電話があり、二人がマジギレするのはそう遠くない未来の話である。 |
なりゆきデートが大惨事に・・・・!? 続きます。