[ 第12回 ふたつのユウギ (1) ]

 ――ナイトメア本部。
 悪魔の巣窟であるそのビルは相変わらず不気味な暗雲に覆われ、闇に包まれていた。

 その建物の一室より、マリクは頬杖をつきながら、いつまで経っても晴れ間の覗かぬ空を見つめていた。

 「はぁ・・・」

 もう何度目かわからない溜め息だ。
 千年パズルが手が触れるほど目の前にあったというのに、何故自分はそれを手放してしまったのか。それに納得のいく答えを探し出せず、あれ以来ずっともやもやした気持ちのままだ。

 なんだかお腹がすいたと思ったら、とっくに昼食の時間をまわっていた。

 「・・・はぁ・・・(今頃ユウギ、何食べてるんだろ・・・)」

 「マ・リ・ク・ちゃん」

 甘ったるい女の声で一気に現実に引き戻された。気の抜けていた体に緊張が走る。

 「妲己!!」

 「いや〜ん、お久しぶり〜

 現れたのは露出の多い服を身に纏った美女だった。羽衣をひらひらとはためかせ、マリクに歩み寄る。
 それを認めるや否や、彼の表情はみるみる険しくなった。

 「何をしにきた!」

 「いや〜ん、怖い〜
  マリクちゃんったら、つれないわ。久しぶりに会ったっていうのに・・・随分なご挨拶ね

 牙を剥くような形相のマリクに妲己は少しも怯まず、ころころと笑ってみせた。

 「何って、オシゴトの話に決まってるじゃないの
  魔王様直々のご命令よ。一刻も早く、何としても千年パズルを手に入れ、献上せよ・・・とね

 「言われるまでもない!
  既にパズルの捜索は進んでいる。 この件に関しては僕に一任されているはずだ」

 「一刻も早く、って言ったでしょ。 こう見えてもわらわはマリクちゃんのことを買ってるのよ

 暗に『もうここにパズルがあってもいい頃だろうに、いつまで遊んでいるのか』というメッセージを含ませる。

 「でもマリクちゃんはツメが甘い所があるから心配なの・・・
  実力ならきっと、もうパズルの在り方を掴んで、手に入れているに違いないでしょうにね

 「・・・何が言いたい?」

 まるで陰から全て見ていたような言葉。心臓を掴まれたような恐怖がマリクを襲った。

 「嫌ね、ただのお節介よ
  でも魔王様はあまり気が長くいらっしゃらないわ。せいぜいお叱りを受けないように頑張ってね

 「・・・次の手はもう打ってある。気遣い無用だ」

 「あらぁ、よろしくてよぉ〜ん!
  ホーホホホホホホ・・・ヒューホホホホホ!」

 高笑いと共にダッキは姿を消した。それを見送ってからマリクは大きく音を立てて舌打ちする。

 「くそっ!!」

 見透かしたような発言がどうにもしゃくにさわる。苛立ちを椅子を蹴りあげて紛らわせた。


 「クスクス・・・まるで幼子の癇癪ねん・・・本当に、可愛いらしいこと

 死角から始終を覗き見ていた美女は、ぞっとするほどの美しい微笑を浮かべた。



 [ 第12回 ふたつのユウギ (2) ]

 ちょっと頼りないが、中々感じのいいお隣りさんも出来たことだし、ご近所付き合いはなかなか上々だ。

 「後はこの筋肉痛さえ何とかなってくれたらなぁ・・・イテテっ」

 昨日よりはマシだが、さすがに一日では治らなかったようだ。

 男子テニス部所属とはいえ、マネージャーの身分である。何故平部員より筋肉痛に苦しめられなければならないのだろうか。
 確かにマネージャーは肉体労働だけれども。

 「はぁー・・・今日も朝から部活かぁ。 ねっむいなぁ・・・」

 今日からは彩並が居ないのだから、二人分働かなければ。
 いや、元から休みがちだったし、大して変わらないかも知れないけども。

 「忙しすぎて、本来の目的たまに忘れちゃうし・・・。
  誰か代わってくれないかなぁ・・・無理かぁ」

 後は登校するだけとなったが、時計を見てみれば、いつもよりも20分余裕があった。

 「んー・・・余裕あるし、二度寝しちゃおー」

 ケータイのアラームをセットすると、布団に倒れ込む。
 しかし数分後アラームが鳴動した止めたのは彼女ではなかった。

 「・・・そこまでいうなら代わってやるぜ。
  お前はもう一人の俺なんだからな」

 くくっとシニカルに笑って鞄を掴み、『武藤ユウギ』はアパートを後にした。



 「あ、おはよう武、藤・・・?」

 テニス部副部長である大石が困惑したのも、無理のないことだった。隣の手塚部長も目を見開く程だ。

 「おはようございます! 副部長!部長!」

 「あ、あぁ」

 「・・・おはよう」

 言葉づかいこそ礼儀正しいが、手首にシルバーアクセ、首にはボンテージのチョーカーをつけ、逆さピラミッドのペンダントがさげられている。
 以前の清楚な彼女からは想像のつかないファッションに、二人は掛ける言葉が見つからずにいた。

 「今日も絶好のテニス日和だぜ! 洗濯物がよく乾くぜ!」

 「・・・武藤、何かあったのかな・・」

 「・・・分からん」

 ずんずん勇ましく部室へと向かっていくユウギを見送って、二人はぽつりと言葉を交わしあったのだった。



 [ 第12回 ふたつのユウギ (3) ]

 「はぁ〜、朝からこんなタリーことやってらんねーよなぁ」

 「実際やってらんねーよ」

 ボールが飛び交うのを物陰から伺う二年生。

 レギュラー重視の練習は、当然それ以外のメンバーからは不満がでる。
 一年生ならば無理もない状況の筈だが、彼らはサボリ常習犯だった。

 「おい、そこの。一年生はボール拾いのはずだぜ!
  仕事はきちんとこなしてもらわないと困るんだが」

 それを見咎めたユウギが注意したが、反省の色は見られない。

 「やーだね!なんで俺が!」

 「金が落ちてるなら拾ってやるけどぉ〜? ひゃはははっ!」

 「拾えばいいんだろ? ほらよ!」

 男子のうち一人がこちらにボールを投げるそれが大きくバウンドして、運悪くユウギの頬に当たった。
 砂利でもついていたのか、頬に赤い線が走る。

 「うーわ、とろー!」

 「だっせぇ! ちゃんと取ってよ、マネージャー!」

 「・・・金なら拾う・・確かそう言ったな」

 「あぁ?そーだけど、それが何?」

 「ゲームをしないか?
  俺が負ければ好きな額だけ金を落としてやる。
  ただし、お前たちが負けた時には罰ゲームを受けて貰う」

 どうだ?とユウギは財布に入った紙幣をちらつかせる。
 それに二人の目の色が変わった。

 「おもしれぇ!」

 「後で部長とかに助けて貰うのはなしだぞ」

 「元よりそのつもりだぜ。
  ゲームを受けるんだな?」

 「ま、遊んでやってもいーけど?」

 「俺たち、見ての通り暇人だしぃ〜?」

 「そうか、そいつは良かった。
  あぁ、一つ言い忘れていたが・・・」

 「あん?」

 「これは闇のゲームだ」

 ユウギが闇のゲームと宣言した瞬間、少年二人の視界は闇で覆われ始めた。

 「なっ・・・なんだ!?」

 「さぁ、楽しいゲームを始めようか」



 [ 第12回 ふたつのユウギ (4) ]

 「武藤、武藤」

 「・・・あれ?越前くん・・・なんでウチに」

 「なに言ってんの?ここ学校だよ」

 「ええぇ・・・?」

 そんな馬鹿な。
 しかし辺りを見渡してみれば、確かにここは学校の教室だった。

 「・・・あれ?」

 「いいからほら、飯にしよ、飯」

 「えっ!いま昼休み!?」

 「まだ寝ぼけてんの? ほら、さっさと準備する」

 「う、うん・・・」

 そういえばお腹も空いている。 本当に寝ぼけているのだろうか。
 何だか納得いかないまま、鞄からお弁当を取り出した。

 「うーん・・・疲れてるのかなぁ」

 「そうなんじゃないの?
  ほら、早く。今日、昼ミーティングでしょ?」

 「あ、やっばい!そうだった!待って・・・ぶっ!」

 昼食を片手に教室を飛び出した所、誰かに盛大にぶつかった。

 「わっ、ごめん〜・・・って、なぁんだユウギちゃんか。 いまミーティング行くとこ?」

 「う、うん」

 「グッドタイミン! ミサもなの。いっしょ行こう!」

 「ちっ」

 本当、舌打ち好きやね越前くん。
 アメリカではそれが普通なのか?別に三人仲良く行けば良いじゃないか。

 (それにしてもこんなに可愛いミサちゃんに舌打ちとはさすが生意気ルーキー・・・
  ハッ!
  ・・・そうか、越前くん、まさか君・・・! これがあの幻のツンデレ!!)

 「・・・何、武藤?ニヤニヤして」

 「えっ、いや何でも・・・お、応援してるから!」

 あからさまに『はぁ?』という顔をされました。 めげる。


 部活中、コート整備をしていると一年生数人が集まって何やら雑談しているのが見えた。
 ただの談笑なら良いが、表情が何やら深刻だ。なんとなく気になって、声をかけてみた。

 「どうしたの?部長に見つかったら校庭走らされるよ」

 「あ、武藤なんかさ、やべーんだよ」

 「やばいってなにが?」

 「鈴木と伊藤。なんかずっとにやけながら、校庭の裏で葉っぱ拾ってんだよ。ずっと」

 「えぇ!?」

 「ほんとだって!俺さっき見たもん!」

 「俺も見た・・・」

 俺も、と残りの二人も頷いた。
 なんともいえないけれど、何だか君が悪くなって、とりあえず真面目に部活をするように促した。


 [ 第12回 ふたつのユウギ (5) ]

 なんか最近、学校がおかしい。
 テニス部の人達がもとからおかしいのは置いといて、おかしい。

 財布を拾って届けて以来、そこそこ仲の良かった隣のクラスの男子からは避けられているし。
 なんだか私が気に入らないらしく、やたら絡んでくる先生がずっと学校に来なかったり。
 最近いつも女子マネージャーを睨んだりするギャラリーの女の子たちの中でも激しい子たちは練習見に来ないし。後者はそのほうが都合が良いのだが、何か企んではいやしないか、かえって不気味だ。

 「確かに最近、なんか変かも・・・ジャーキーからの連絡ないしぃ〜話に聞いた見えない悪魔も大人しいし・・・なんか不気味だよねぇ」

 ミサに相談したところ、彼女もまた似たような変化を感じていたようだった。

 「そもそもミサたちがマネージャーになったのもさぁ、魔王の子分がテニス部に関係あるかもって理由からだしねぇ〜」

 「ああ、うん。 そういえばそんな設定だったな・・・」

 「でも何か起こってるんなら、今1番危ないのはレイちゃんかも。満身創痍で単身入院だもんねぇ」

 あれは満身創痍と言っていいのか。

 「そ、そうだね・・・女の子だし(一応)」

 「ねぇユウギちゃん、お見舞いついでにレイちゃんが無事か見て来てくれないかなぁ?」

 「え」

 「ミサも行きたいんだけど、ちょっと竜崎先生に頼まれてテニス部のお使いに行かなきゃいけないんだぁ〜。これが中々大変でさぁ」

 「そっかぁ・・・分かった、行ってくるよ」



 (なんて、言わなきゃ良かった・・・)

 とりあえずお見舞いに美味しそうな林檎を買ってこの前と同じ病室に向かう。軽くノックして、そっと顔が覗くほどドアを開けた。

 「し、失礼しまーす・・・」

 そこには彩並さんと思われる少女に襟首を掴まれて締め上げられている男の姿が。
 思わず扉を閉めてしまった私を、一体誰が責められよう。


 「げ、元気そうだね、彩並さん」

 「まぁね。もう全快なのに医者が煩くてね。こうして暇を潰しているんだよ」

 怪我人でか。
 女の子になってて本当に良かったとユウギは思った。

 「・・・お腹すいたな。林檎、剥いてくれる?」

 「え、は、うん!」

 締め上げられていた男を恐らくその人のものであろうベッドに投げ捨て、彩並はそう言うなりベッドに横になった。

 ユウギはベッドわきの棚にある林檎を手に取った。
 すぐ近くにある水道の水で軽く洗い、ナイフを探したが、見当たらない。

 「ごめん、彩並さん、ナイフどこ?」

 「看護士に取り上げられたよ」

 予想外だった。

 同室の人間ものびてることだし、ユウギは仕方なく隣部屋の患者に借りることにしたのだった。




【マニアックすぎてよく分からなかった人のための親切な解説】

ふたつのユウギ・・・アニメ「ふたつのスピカ」パロ。だが私もこのアニメのことは良く知らん。あ、OP曲好きです。

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