[ 第11回 今日から魔王! (1) ] 「こんなところでお昼寝なんて・・・風邪をお召しになりますわん」 甘ったるい女の声で起こされた。 (――朝?) そこは新しい自分の住居でも、引っ越してくる前の部屋ではなかった。 闇ばかりの空間。何かのセットか。だがそれも自分がここに居る理由にはならない。 目の前には奇妙な露出度の高い服を着た絶世の美女。 しかし人の造形を超えるその美貌にはどこか嘘があり、何もかもが把握できない自分にとっては恐怖の対象でしかなかった。 色白の頬が更に青ざめる。 「あ、貴女は・・・? どうして、僕・・・ここはどこ? どうして、だって僕は・・・」 格好もかまわず、己の長い銀髪に邪魔されながらも後退した。 それにも構わず、美女は一歩二歩と距離をつめる。 甘ったるい匂いがした。何故だろう、寝起きのものとは別に、頭がぼーっとする。 「貴方は何も考えなくていいのよん? 貴方はただちょっと現実から目を背けて眠っていればいいのん・・・ さぁ、全て委ねなさい・・・闇が飛来するまで」 身体がふっと軽くなり、意識が遠ざかっていく。闇に呑まれていく。 ああ、嫌なことばかりだ。疲れているのだ、きっと。 友達を傷つけて転校してまわっている自分の心は幻覚を引き起こすほどに細く弱っているのだ。 次に目を開いたときには、動揺を顔に貼り付けた少年の面影は無かった。 「――チッ・・・とうとうバレたか。 宿主に知られるといろいろ面倒なんだがなァ・・・」 「いや〜ん、わらわとしたことが油断してましたわん。ごめんなさい魔王様ん」 「まぁバレたもんは仕方ねぇ。どのみち通る道だしなァ。俺様がせいぜい上手く立ち回るさ。 ――その代わり、お前はお前の役目をキッチリ果たせよ、妲己(だっき)」 「勿論ですわん。計画は万事抜かりなく・・・ 神も魔王様の前ではただの偶像に過ぎませんわん」 美女は扇子で口元を隠して微笑する。 口調に反してあやかしのように妖しい眼光は、虚空を捕らえた。 「可愛らしい御使いを何人差し向けようと同じことん・・・すぐに翼をもぎ取ってご覧に入れますわん。 ――マリクちゃんたちが、ねん」 「・・・まぁ俺様は結果出してくれりゃ、言うこたねーがよぉ・・・・じゃあ後は頼むぜ」 「お任せをん」 妲己に背を向け、魔王と呼ばれた少年は闇の空間に現れた扉を開けた。その先にはアパートの一室があった。 靴を脱いで床の上に転がればそこは銀髪の少年の現実。 「これで完全犯罪、ってな。 ・・・・・ったく、借り宿生活も楽じゃねぇな・・・面倒くせぇ」 目を閉じて意識を心奥深くへと沈めれば、胸元のリングが黄金に輝いて反応する。 すると『魔王』の顔から、元のあどけない表情の少年の顔となった。 「・・・・あれ?僕・・・・ あぁ、なんだ・・・夢、か」 このからくりが、彼が目覚めたときに全てを夢の幻とするのだ。 [ 第11回 今日から魔王! (2) ] 何か知らんが、倒れる前より筋肉痛がひどくなっている。特に腹筋。 いや、これは筋肉痛なんて生易しいものじゃない。 むしろ鈍痛だ。打ち身か何かの痛みに近い。 もしかして、倒れるときにこのパズルを下敷きにした所為で腹に刺さったんだろうか。とりあえず膝の上の少年の額にも刺さりそうなので、首からはずして鞄にしまっておいた。 それにしても、何でこんなことになったんだったか。 確か・・・・そう、あの怖い先輩たちにつかまって、突き飛ばされて・・・それで・・・それで? それからの記憶が無い。張り倒されたくらいで意識が飛ぶほど自分は貧弱ではないはずだが。 半ば放心している状況でさび付いている脳細胞を動かそうと必死になる。 目の前に広がっている光景は明らかに交通事故の現場だし、救急車でも呼ぶべきだろうか・・・普段の何倍もの時間をかけてようやくそんな結論に至ったとき、少年が身じろぎした。 「あ、気が付いた?」 「・・・・う・・・?ここは・・・・」 何だか全身が痛くて、身体が重い。 バイクの排気の匂い・・・そうか、僕は・・・・。 アスファルトに転がってるにしては頭の具合がいいと思えば、頭の下には柔らかい膝――どうやら、今自分は誰かの膝を借りているらしい。甘い匂いがする。 ――この子は、誰だ? 「よかった、日本語しゃべれるんだね。 大丈夫?お茶、飲む? どっか悪いなら救急車・・・」 「・・・君は?」 「へ?あ、あぁゴメン! 気が付いたら頭が膝の上にあったから、打ち所悪かったら動かしちゃアレかなと思って・・・・」 知らず知らずのうちに表情がきつくなってしまったことで、少女は勘違いしたらしい。 慌てて弁解し始めた彼女に、なんだか大人気ないことをしてしまったような気がして、表情を緩めて照れ隠しに視線をはずした。 「いや・・・ありがとう」 少女は膝枕したまま、はにかんだように笑った。 動悸が激しくなったのは照れからだ。そうに違いない。バイクから転倒したんだし、それの緊張が今になってよみがえってきたのかも――って、ちょっと待て。 「あぁーっ!」 急に起き上がった自分に目を丸くした少女の驚きようはこの際無視だ。 「君、怪我はないかい!?」 「え?あ、うん、多分・・・?」 急に立場が逆転して、彼女は全く状況を理解できていないようだった。 [ 第11回 今日から魔王! (3) ] 今、ユウギたちはあの事故現場のすぐ近くの公園に居た。 偶然ユウギの制服のポケットに入っていた絆創膏3つのお陰で、彼は一番ひどい擦り傷は何とかなりそうだ。 消毒液があればいいけれど、さすがにそれは携帯してない。 「ありがとう、もう大丈夫。 ・・・そうか。君に怪我が無いなら、よかった。本当に、ごめん」 「いいよ。私、怪我しなかったし。 でも君がかすり傷で済んだのはただのラッキーだよ。本当に危ないよ。だから・・・」 「うん。これからは気をつける。約束するよ」 平静を装っていたが、マリクは何かいつもとは違う違和感に内心顔をしかめていた。 (何だ?心が騒ぐ・・・胸が熱い? まさか・・・) 胸元に潜ませた千年ロッド。服ごしに触れても、それが明らかに熱を持っていることが分かった。 (千年ロッドが反応している!? まさか、この・・・彼女が・・) 「どうしたの?」 「あ、いや・・・ ・・・・そう、そういえば名前も聞いてなかったと思って。僕はナム」 もちろん偽名である。用心するに越したことはない。 「ナムくん、って言うんだ。えーと、私はユウギ」 ユウギ、とひそかにマリクは名を繰り返した。 「よろしくナムくん。・・・今更だけど、日本語上手だね」 「勉強したからね」 「そっかぁ、そうだよね。凄いなぁ。日本にはどうして・・・わっ」 治療のためにしゃがんでいたユウギだったが、それが終わって立ち上がった途端、下半身の筋肉が悲鳴を上げた。そのまま地面に倒れこんでしまい、鞄の中身が零れて土の上にばらまかれる。 しかし倒れたユウギはマリクの眼中にない。彼は鞄から転がりでてきた黄金のパズルにすっかり釘付けになっていた。 (千年パズル!! やはりこの子が、パズルの持ち主! 今なら・・・これを持って帰れば!) それを手に取ったのは、二人同時だった。 ユウギは慌てていたので、手が大きく被った。手が触れたことに驚き、思わずマリクは飛びのいてパズルを離してしまった。 「あっ、ごめん! ごめんね。でもこれ、あんまり良くないものみたいだから、その、えーと、いわくつき、って分かるかな・・・あ、あはは! (ヤーバーイぃー!こんな不気味なもの常時携帯してると思われたよ!絶対ー! あーもージャーキーのせいだ!ジャーキーのせいだー!)」 「い、いや、僕も、えっと、ご・・・ごめん!! (柔らかかった!あったかかった! うわぁ何だこれ?何だこれ!?)」 ≪広がるゥ〜闇の中ァ かぁわし合ったァ革命の契り〜ぃ≫ 突然騒ぎだしたケータイに仲良く二人で飛び上がる。 ユウギは気まずい空気を振り切るように電話をとった。 「(この曲はミサちゃんだ)・・・もしもし?」 「あっ、ユウギちゃん!? 大変なの!レイちゃんがっ・・・」 「レイちゃんが?」 「男子高校生の集団に喧嘩ふってかけて・・・」 そりゃ大変だ。 [ 第11回 今日から魔王! (4) ] ナムと名乗った少年にほぼ一方的に(勢いで)別れを告げ、ユウギは走り出した。 ちなみに電話は繋がったままだ。 ともかく、彼女――いや、彼?はどうなったのか。詳しく話を聞く中、ミサは不穏な単語をユウギに伝えた。 「入院? 彩並さんが!?」 「あ、少年院じゃないよ。病院だよ」 「それくらい分かるよ!!」 場所を聞き出して真っ直ぐそこへ向かう。 指定された病室に向かえば、その部屋の前には既にミサがいた。 「ミサちゃん、彩並さんは?」 「今は寝てるよ〜。麻酔が効いてきたみたい。しばらくはミサたち二人でレイちゃんの穴、埋めなきゃかもねぇ」 「そんなに酷いの? でも何でそんな無茶・・・」 「あのね、さすがに入院するまでいくのは今までなかったけど、レイちゃんの大怪我はこれが初めてじゃないんだぁ」 「え?」 「ああ見えてレイちゃん、正義感強いとこがあるっていうか・・・カツアゲされてるとことか見ちゃうと、ほっとけないみたい」 そうだ、彼は最凶の風紀委員長。女の体だろうと、己の秩序を守り抜くポリシーまでは変わらないに違いなかった。 「まぁ、前は団体行動してるだけで襲い掛かってたんだけどね」 「え」 「元が強いからねぇ〜。多少無茶しても何とかなっちゃうんだよねぇ。 でも何度もボロボロになって、さすがに学んだみたい。ただ突っ走ってもしょうがないって。 今は見逃せない時だけみたい。こうやって無茶するの」 くすくす笑いながらミサは言う。 そこに男の笑い声が加わった。部屋の中から聞こえてくる。 「あれ? ここ、彩並さんの病室じゃないの?」 「そうだよ。相部屋なの」 「ああ、なるほど・・・」 うなずいた瞬間、ドアが、いや人がドアを突き破って飛び出てきた。勢いに流されるまま、壁に打ち付けられて廊下に転がる。ユウギはミサに庇われることで事なきを得た。 「な、なに!?」 吹っ飛んできた人物は、テレビのリモコンを持った、20代くらいの銀髪が派手な体格のいい、しかし顔色の悪い男だった。 おそるおそるドアのなくなった部屋の中を見てみれば、そこには仁王立ちした彩並レイが。 「僕、葉が落ちる音でも起きるんだよね」 「あ、この伸びてる人がカツアゲされかかってたお兄さんだよ〜」 「・・・・・・・」 なんというプラマイゼロ・・・。 彩並の復帰は、案外早くなりそうだった。 [ 第11回 今日から魔王! (5) ] (はぁ・・・・なんか、今日は散々だったな) 未だにギシギシ悲鳴を上げる全身に鞭打ち、ずるずるとアパートの階段を登った。色々とありすぎて精神的にもへろへろだ。もう外は真っ暗だし。 せめてもの自分へのごほうびにコンビニでお菓子を買って・・・もう晩御飯、これでいいや。 コンビニいた時点ではお茶漬けにでもしようかと思ったが、それすら作る気力がない。 彩並さんも元気そうだったし・・・ともかく、ようやく憩いの場、自宅である。 「ん? 何だか白いものが・・・」 転がってる・・・と思ったら、人間だった。 「ひいいいぃっ!! し、死体!?・・・あ、い、生きてるっ!」 なんか今日はこんなんばっかだなと思いつつ、慌てて駆け寄った。 「大丈夫ですか!?」 ・・・ぐぅ〜〜〜〜・・・・ 返ってきたのは「はい」でも「いいえ」でもなく、腹の虫が鳴く音だった。 「・・・あ、あの・・・・?」 「お腹すいたぁ・・・・」 い、行き倒れ・・・・? ともかく、自分の部屋の前で死人が出るなんて嫌だ。とりあえず、持っている食べ物を与えてみる。 「えーと、レモンティーと飴とお煎餅とチョコ・・・あ、シュークリームあるけど」 「シュークリーム!?」 がばりと突然身を起こした行き倒れさん。 長髪なので女の子かと思っていたが、男の子だったことに軽く衝撃を受ける。女の子みたいに美人だけど、間違いなく男だ。学ランだし。(彩並さんは例外) こんな真っ暗なところでシュークリームを与えるというのもアレなので、とりあえず部屋に上がってもらう。温かい紅茶も出してみた。 あっというまに全てペロリと平らげ、ようやく彼は口を開いた。 「いやぁ、ごめんね。僕、こっちに来たばかりでばたばたしてて。 色々手違いがあってお金なくなっちゃってねぇ。ここ2日何も食べてなかったんだー。 あ、僕ここの隣に越してきたんだよ〜」 「そうだったんだ。 それは何というか・・・壮絶だねぇ・・・」 というか、お隣さんだったのか。最近アパートが少し騒がしかったのはその所為なのだろう。 「うん。 挨拶遅くなってごめんね。 隣に越してきた獏良 了(ばくら りょう)です。よろしくねぇ〜」 それにしても、カツアゲされてたらしいチャラ男さんといい、今日は銀髪とも縁のある日である。 |
【マニアックすぎてよく分からなかった人のための親切な解説】
妲己(だっき)・・・ジャンプ漫画・封神演義のラスボス兼ヒロイン。お色気女狐仙女。語尾にハートがつくが、PC上の理由で省略。
獏良 了(ばくら りょう)・・・漫画・遊戯王のキーキャラクター。