[ 第10回 俺、参上!2 (1) ]

 運よく戦線を離脱したディスト。残された少年は、勝利に酔いしれることなく、不機嫌そうにディストが消えた方向を睨んだだけだった。

 「ちっ、逃がしたか。止め刺しそこねたぜ。
  あーあ、面白くもねぇ!またあの退屈な時間に閉じ込められるのか・・・」

 「そこの君!何をやっているんだ!?」

 突然現れたのは一人の老人だった。私服だから分からないが、神社の関係者だろうか。

 「なんだ、じーさん」

 「なんだ、じゃない!どうなってるんだ、ここいら一帯めちゃめちゃだ!まさか、お前がやったのか!?ここは神様の家だ。場合によっちゃ、法的手段もやむを得んぞ!!」

 「ヘェ、そりゃ面白い。闇の番人に法で挑もうってのかい?」

 「何を言っているんだバカモン!!警察を呼ぶぞ!?」

 「心の領域を踏み越えるか・・・良いだろう、相手をしてやるよ。俺はずぅーっと退屈でねェ・・・」

 転がっていた木刀ほどの大きな枝を拾いあげ、老人のすぐ隣を目掛けて投げ付ける。

 恐らく神社の石段を作った時の余りか何かであろう巨大な石材に、ダーツの矢のように木の棒が突き刺さった。衝撃に耐え切れず、枝はボロボロだったが。

 「ひっ!!・・・なっ!?き、木が!!」

 「ただし、その対価は貴様の命だ」

 「ひ、ひいぃっ!」

 人ならぬものの力を目の当たりにした老人は、腰を抜かして地べたに座り込んでしまった。逃げようとしているようだが、膝がわらって立てもしないらしい。

 「安心しな、一瞬で終わりにしてやる。あの世で俺に喧嘩売った不幸を恨むんだな」



 [ 第10回 俺、参上!2 (2) ]

 少年は儀式用のものと思われる太めの長い木材を拾い、それを老人へ向けて渾身の力を込めて振りかぶる。

 「あばよ、じーさん!」

 ≪ おしおきだべ〜 ≫

 突如どこからともなく聞こえてきた天からの声。
 その声を合図に雷が少年に落ち、電撃が体中に駆け巡る。少年は思わず木材の起動がずれ、老人のすぐ横にクレーターを作った。全身を焦がすほどの電圧に、少年はその場に膝を着く。

 「ぐ、わ・・・・くそっ・・・ゲホゲホッ!なんら、こえわっ!?
  ・・・あ、こらっ!逃げるな!!」

 落雷によって、ようやくスイッチが入ったらしい。老人は立ち上がらない少年を置いてまだ動きが鈍い体を引きずるように逃げ始めた。

 「逃がすか!!」

 逃げたといっても、2メートルほどの距離だ。ようやく回復した少年はよろめきながらも立ち上がり、再び適当な木材を拾い上げると、先ほど以上の力を込めて老人めがけて振り下ろした。

 (やめろバカーーーーーーッ!!)

 「――っ!?」

 少女の声が頭の中でガンガン響き、老人に木材が触れる寸前で体が動きを止める。腕が、体が動かない。
 これは少年の意志ではない。

 「・・・起きたのか」

 (君、誰!?こんなこと今すぐ止めて!!
  これ私の体だよ!!勝手に、こんなことに使わないで!出てってよ!!)

 「出て行けとは随分なお言葉だな。こいつはお前が望んだことだ」

 (嘘!!私、こんな酷いこと願ってない!・・・もう止めて、お願いだから!
  ―――どいて!!)

 「! ぐっ・・・!!
  ここまでか・・・だが忘れるな。お前は『強くなりたい』と願って、俺はそれを叶えた」

 少年の体が大きく揺れた。
 ぐらぐらと覚束ない足取りで前へと進んでいく。その必要があったわけではない。意識がぶれていて、体を動かさないと倒れてしまうという微妙な状態なのだ。

 「『対価』は払われなければならない。
  お前が払う代償はたった一つ―――この体(うつわ)はもうお前だけのものではないのさ・・・・・もう一人の俺・・・よ・・・・」

 体から光が飛び散り、ぐんと意識が肉体に引っ張られるような感覚。気が付けば、瞬きしているのは私の意志だった。
 倦怠感の残る体を支えているのも私だ。当たり前のことにこれほど安心するとは思わなかった。

 服も元の私服に戻ってる。
 両膝にできた傷はジーパンのお陰で隠れているが、手については何ともいえない。昨日から怪我が絶えない。悪魔相手なのだから、当然といえば当然かもしれないが。

 「・・・・あっ、やば!」

 そういえば、あの二人を待たせているのだった。
 私は慌ててその場を去り、二人の下へと急いだ。手にできた怪我は幸運にも手のひらのもの。手を握り締めていればバレないだろう。

 しばし後にいつの間にか逃げ去っていた老人が警察と共にやってきて、すっかり元に戻った林を見て仰天したのは余談である。


 [ 第10回 俺、参上!2 (3) ]

 「どういうことかなぁ?ディスト」

 褐色の肌を持つ少年ーーマリクは心底呆れたようにため息をついた。その手には相変わらずウジャトの目の装飾の施された杖が握られている。

 「千年パズルを見つけたんだろう?なら、ちゃんと持って帰らなきゃ駄目じゃないか。そこまでが君の仕事なんだから」

 「・・・・ジェイド、止めてよジェイド・・・・蹴らないでよ〜・・・」

 「ちょっと聴いてるのディスト・・・ディスト?」

 「ハッ!!・・・え、えぇ。そ、それはそうなんですがっ、しかし・・・」

 「なぁに?あんまりナイトメアなめちゃいけないよ。それとも僕を納得させられるような理由でもあるのかい?」

 「・・・実は、思わぬ邪魔が入りまして。それというのも・・・あの伝説の神の御(み)使い『エンジェル』で」

 「エンジェル?へぇ、そんなの本当に居たんだ」

 「えぇ、えぇ、そうなんです!最初から奴のことを知っていれば、このような失態は決してなかったに違いないんですよ!!」

 「奴・・・」

 ということは、まだ確認されたエンジェルは1人だけ。エンジェルは全部で4人のはずだ。全部そろって面倒なことになる前に、最初の一人を確実に潰しておかなければ・・・。
 マリクは無表情で思考をめぐらせた。

 「なるほど、このところ放った仮面魔獣がよく壊れてるのはそいつのせいか。
  それよりディスト、君はここがどこだか分かってる?」

 「は?」

 「大魔王の率いる最強の悪魔組織ナイトメア。君もその一員だよ?不測の事態とは言え、そんなに簡単に負けちゃあ、ね」

 「分かっております!分かっておりますとも!ですから次こそは必ず」
 「分かってないな」

 マリクは杖を利き手に持ち替えた。にやりと意地の悪い笑みを浮かべる。

 「つまり、魔王様の名を怪我した者には相応の処分が下るということさ」

 「そ、それは、つまりー・・・クビ、ということですか・・・?」

 「あはは、人聞きの悪い!
  しかし、まぁ・・・あまりにも残念な成績だとすれば、まともな神経じゃ続けていられないだろうね。でもクビにはしないよ。どんな部下でも使い道はいくらでもあるから。いくらでも、ね・・・・」

 わざとらしく懐から取り出した『仮面』をちらつかせるマリク。ディストは青白い顔をさらに青くして泡を食った。

 「待ってください!!今度こそ、今度こそは必ずエンジェルを抹殺して―」

 「そうだね。でもその前に、しばらくそこで反省しててよ」

 「なっ・・・」

 ディストに向けて杖をかざす。するとディストの足元の床が観音開きになり、足の置き場のなくなったディストは闇しかない深遠へと呑まれていった。

 「馬鹿とはいえ、あのディストを一蹴する『神のしもべ』―――面白い」

 扉が閉まって普通の床に戻る。悲痛な叫びに蓋がされた。

 「ククク、一度挨拶に行くのもいいかな。
  さぁて、次の手を考えなくちゃ。・・・あまり遊んでると、あの女が煩いからな」

 最後だけ忌々しげに吐き捨てて、マリクは前髪をかき上げた。



 [ 第10回 俺、参上!2 (4) ]

 「武藤・・・おい、武藤!」

 「はいっ!?」

 男性教師の声に慌てて教科書をにらんだままだった顔を上げた。
 苦笑していたり不思議そうな顔をしたり、さまざまな表情でこちらを見ているクラスメイトたち。隣の席の越前君は「ばーか」といった意味の込められた視線を寄越してくれている。

 ・・・これはひょっとして、やってしまったのだろうか。

 「どうした?具合でも悪いのか?・・・そういや、顔色が悪い気がするが」

 「あっ、いえ・・・なんでもありません・・・すみません」

 実は本当に少し具合が悪かったりする。
 というか、今にも倒れそうなほどに全身激しい筋肉痛だ。あの悪魔との戦闘の所為で。・・・人間、死に物狂いになると普段使わない筋肉つかうみたいですね。

 結局、あの変な少年の正体は分からずじまいで、色々と考えすぎた所為か夜もまともに眠れず、頭痛を引き起こす始末。
 『もう一人の俺』とか言っていたが、じゃああれはもう一人の私?分からない・・・ともかく、私の中に私ではない誰かが居るのは確かだ。
 ・・・というか、筋肉痛はこいつの所為じゃないか?

 とりあえず分かったことは、私は変身しても何も変わらないということだけ。あれじゃただの高速衣装チェンジ装置だ。キューティーハニーだ。
 まだ能力が開花してないだけともとれるが、これはポジティブすぎるだろうか・・・・。

 このパズルについて共々ジャーキーに問い詰めたいのに、それもできない。基本的にエンジェルから神へは連絡を取れないのだ。

 悪魔に取られちゃまずいとかいってたが、戦力外の私が持っていてはかえって危ないのではないか。
 今すぐにでも他のエンジェルに託したいが、今日に限って昼休みは移動教室。しかも色々と実験の準備があるため、完全に潰れてしまった。
 彩並さんとはもろもろの事情で接触しにくいが、今回ばかりは頑張るしかない。

 「はぁー・・・あー部活だー」

 なんだかんだで私も少し遅れてしまった。まさか私まで校庭10週走って来いとか鬼軍そ・・・いや部長にいわれやしないだろうか。
 小走りになりつつコートに向かうと、前方から女子たちの悲鳴が上がった。

 ・・・・なに!?

 まさか不審者・・・喧嘩?いや、イジメ!?それとも悪魔!?
 慌ててその声が聞こえた場所付近を目標に走り出す。そして、私が見たものは―――

 「きゃーーーーーーーっ!!不二くーん!」

 「菊丸くぅーん!かわい〜〜〜〜っ!!」

 ・・・・何? これ・・・・

 私が呆けるのも無理の無いことだろう。
 何故か男子テニス部のコートのフェンス前で女子生徒がたむろして、それぞれ目当てのテニス部員にハートマークを飛ばしている。これは一体どういうことだ。

 「あーあ、アレの効果もこれまでか・・・あっ、武藤。おつかれ」

 この独特な髪型は副部長。ええと・・・確か大石先輩だっけ?

 「お疲れ様です、副部長。あのー、あの女の子たちって・・・」

 「あーあー。うん、何だかテニス部って人気が多いヤツが多いから、結構コアなファンがついてるんだ。で、あんな状況なワケ。
 『びびって新入部員が入ってこなくなる!』ってしばらくああいった活動は自粛するように部長と竜崎先生直々に注意したんだけど・・・・そろそろその効果もきれてきたみたいだねぇ」

 確かにこれじゃあ風紀乱れまくりだし・・・鬼ぐんそ、いや部長も我慢の限界だったんだろう。女子マネージャーがミサちゃんたちだけだったのはこれが原因だったのかもしれない。

 それにしてもここまで少女漫画とは。まさか、『王子様に手ぇ出すんじゃないわよ』という制裁という名のお呼び出しリンチはないだろうけど。

 「ちょっと、マネジだからってベタベタ不二くんに纏わり付かないでくれない?」

 リンチあったよ!!



 [ 第10回 俺、参上!2 (5) ]

 「えっ、ふ、不二先輩?」

 越前君じゃなくて?
 アークエンジェル様とはあんま接点ないんすけど。

 「そーよ!とぼけてんじゃないわよ!」

 「マネジは大人しく雑用やってりゃいいの!わかった!?」

 「・・・え、は、はい。でも私不二先輩とは」

 「言い訳すんな!!」

 突然強い張り手をくらって、地べたに尻餅をついた。人通りの少ない通学路から外れた路地裏。人通りなんてあるわけがない。

 「こいつマジどーしよっか」

 「姫路さん、どーする?」

 「そーね。あぁ、あたしこんなの持ってるわよ。じゃーん!ハサミー」

 「きゃーっヤバーイ!でもちょっと面白そー!どーするどーする!?スカート超ミニにする?」

 「ねーコイツ、オカッパにしてやろーよ!ワカメちゃんみたいに!」

 「アハハそれ最高!バリカンも持ってくればよかった〜」

 「おしゃべりは終わりか、女ども」

 ドスのきいた低い女声が尻餅をついたままの一年生から発せられて、思わず上級生3人の笑いはひっこんた。

 「な、何よ?・・・きゃっ!?」

 女生徒の一人が持つハサミを蹴りあげた。

 「やるなら徹底的にか。心意気は買うが、頂けないねぇ」

 宙に浮かんだそれを鮮やかに取り上げる。シャキ、と金属が擦れる音。身近なものであれ、明らかな凶器。優越に口元が歪む。

 「女をなぶるのは趣味じゃないが・・・貴様らは心の領域を踏み越っ・・・!?」

 女生徒たち向けられたハサミがアスファルトに落ちた。それを追うように地に膝を着く。
 右足に違和感――激しい筋肉痛を伴うほどにズタズタにされた筋肉が悲鳴を上げたのだ。

 「チッ・・・」

 「取んな!」

 女生徒の一人がもう一度ハサミを拾おうとした『ユウギ』を止めた。鼻先にカッターの刃を突きつけて。

 「・・・周到なこった」

 「上級生舐めんな、一年生!」

 「ぐぁ・・・っ」

 抵抗できないのをいいことに、膝を着いた少女の腹にローファーで重い蹴りが入れられる。後方に転がるほどの衝撃に、ふっと体の力が抜け、反応が消えた。

 「ね、ねぇヤバくない・・・?」

 「いーでしょ!?死にゃしないよ! だってコイツ生意気」

 ブルルルルル・・・・ブオォォオオーーー・・・ガシャアアァーン!!

 「きゃあああああああああああーーーっ!?」

 突然突っ込んできて派手に転倒した大型バイクに、ユウギを除いた3人の女生徒は飛び上がった。幸い誰にも接触しなかったものの、乗っていた少年は・・・・。

 「なっ、なっ、なっ・・・」「ちょ、ヤバいよ!な、なんかヤバイよ!!これ、死っ・・・」「に、逃げる!逃げるのよ!」「うん!!」――要領を得ない会話だが、彼女たちはパニック状態のままその場から全てを放棄し、それぞれ荷物を掴んで逃げ出した。

 「・・・・んぁ・・?・・・あれ?私・・・・・うわあああぁーーーー!?」

 気が付けば、目の前には大破して転がっている大型バイクと自分の膝に頭を乗せて気絶している外国人の少年。これを見て驚くなという方が無理だろう。

 これがユウギと少年・マリクとの出会いだった。





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