[ 第9回 俺、参上! (1) ] 紫エリマキトカゲは気が短い方らしい。何度もメールの着信で邪魔されて、そろそろ誤魔化すのも限界のようだ。 「まったく、いつまで待たせる気ですか!?早くパズルを渡しなさい!」 「・・・・で、できまセン」 「・・・何ですって!?人をバカにするのも大概にしなさい!!」 「し、知らない人とは話しちゃいけないって言われてるんデス」 「何で急に片言になるんですか・・・まあ、そういうことなら良いでしょう。自己紹介します!それならもう知らない人間ではありませんね?」 「え!?」 それはいくらなんでも強引すぎやしないか。 「小娘よ、とくと聞くがいい。美しき我が名を。 私は“魔王の忠実なる『デビル』たちにより構成される組織≪ナイトメア≫”が一人、薔薇のディスト!」 「魔王!?」 魔王の忠実なる、『デビル』――つまるところの悪魔。すなわち敵。 ジャーキーのメールの内容は正しかった。 ・・・と、いうか。 「・・・薔薇?」 「この私に相応しい、美しく気高い二つ名でしょう? ・・・なんですか、その顔は。何か文句でもあるのですか?」 「いや、だってその椅子に・・・」 椅子の脚の一つに垂れ幕のようにぶら下がった紙には、大きく『死神ディスト専用 危険 さわるな』と書かれていた。 [ 第9回 俺、参上! (2) ] 「しにがみっ・・・キィーーーーーーーー!!」 「ひいぃっ!!」 ヒステリックな雄たけびを上げて、ものすごい勢いで髪を振り乱した男が目前まで迫ってきた。ちょっとした恐怖映像だ。 「こんな二つ名認めるかぁっ!!薔薇です!薔薇ぁ! 『薔薇のディスト』!!」 「わ、わかったから離れてくださいよぉーっ!!」 思い切りびびった為に、思わず涙目だ。それに気づいたのか、自称『薔薇のディスト』は私から距離をとり、紳士ぶって椅子の上で足を組みなおした。 どうやらあの紙に書かれた死神ディスト専用ほにゃらは、本人によるものではないらしい。仲間のいたずらか。 ひょっとして嫌われているのだろうか・・・。 「コホン・・・これは失礼しました。さて、これで貴方にとって私は知らない人間ではなくなりましたね。 その千年パズルをよこすのです!さあさあさあ!」 「・・・・むっ、む・・・・・・・・・むりです・・・」 「なっ、なんですってー!?どういうことですか?!」 「無理なものは・・・無理なんですー!!」 ユウギ は にげだした! 「あっ・・・・まっ、待ちなさい!!」 まさかこんな小娘が、空飛ぶ居るに乗る『悪魔』相手にこんな行動を取るとは思わなかったのだろう。ディストは一瞬ぽかんと呆けたが、自分が置かれた状況を把握すると、きいきい声を上げてそれを追った。 「ムキーーーーーーーッ!貴方、私を騙しましたねぇ! ゆ・る・し・ま・せ・ん・よぉーーーー!!」 「うわっ来たぁーーーー!! うああああぁーん!おかーさーん!」 ディストの持つ強烈なキャラクターのために、まるで変質者に追いかけられているような恐怖。 ・・・悪魔ではなく変質者であることがミソである。 空飛ぶチェアーの速度はとてつもなく速い。椅子の癖に。下手すれば、接触しただけで即死だ。 しかも足場は舗装されていない、落ち葉や枯れ枝や背の高い雑草のはびこる道なき道。無我夢中で走っているうちに、いつのまにか神社の奥にある林へと入ってしまったようだ。 「愚かな!逃げても無駄ですよ!! ――出でよ!カイザーディストR2!!」 ディストがぱちんと指を鳴らすと、突如世界が薄暗くなった。 まさかと空を仰げば、落ちてくる何か。重々しい着地音と共に現れたのは巨大ロボ。 「うわーーーーっ!!なんじゃこりゃあ!?」 「ハーーーーーッハッハッハッハ!! どうです、素晴らしいでしょう?」 ディストはそれに乗り込むと、得意げにカイザーなんとかとかいう機械を動かして見せた。 ロボに乗る悪魔ってどうなんだ。 オカルトものなのか、ロボットものなのか。キッチリしてくれ。 [ 第9回 俺、参上! (3) ] 「さあ、大人しくそれを渡しなさい!小さな子供を踏み潰すほど私も鬼じゃありません。今ならまだ許してあげますよ」 「小さい子供って・・・!」 もう高校卒業してるっつーの!! 義務教育受け直してるけど! しかし本当に万事休すだ。どうすれば・・・・ 「あ! さっきのメール・・・!」 ピンチになったらやってみろとあった、あれ。つまり昨日の彩並さんのようになるということだろうか。 私にも、あんな力が・・・・? 「さあ、千年パズルを!!」 迷っている暇はない―――やるしかない! 私はポケットに突っ込んでいたケータイを手にとった。 「あれ?えっと、何だっけ!?・・・・あ、あ、そうだ! ――“風に神の癒しを”!」 ケータイは光の玉になり、一気に太ももの高さから胸の辺りまで浮いた。 下手をしたらそのまま天まで飛んでいってしまいそうな速さに、慌てて両手で蚊をつぶすように割る。 光の洪水が訪れた。 「――あっ!? へっ、変身!?」 そして忘れかけていた仕上げ。最後の言霊を叫ぶ。 疑問形になってしまったのはご愛嬌だ。 「な、何です何です!? 譜術?いや、超振動!?・・・・・・・違う、これは・・・」 脳に詰め込んだ知識の中には該当する情報がない。学者であるディストには、今の彼女は恐怖と共に強い興味の対象でもあった。 「・・・うわっ、何!?これ・・・!?」 光が収まると、衣装が変わっていた。 今日来ていたのは私服だったのだが、上は学ランで中には黒いタンクトップを着込んでいる。下は学ランと同じ色の生地のプリーツスカートで、靴はブーツだ。 両手首にはリストバンド。首にもベルトのようなチョーカー。そして胸元には首からさげたパズルが光る。 ・・・なんだこの男女の制服を足して割ったような格好は。オシャレ不良の女生徒といったところだろうか。どうでもいいが、学ランは彩並さんとかぶる。 一方、ディストは目前で分かりやすくおののいていた。顔に信じられないと書いてある。 「まさか、『エンジェル』・・・ 『デビル』と対になる神の使者とでも言うんですか!?こんな子供が!! くそっ、マリクさんめ・・・・エンジェルが千年パズルを護ってるなんて聞いてませんよ!」 分かりやすい説明ありがとう。 ともかく、天使の力を得て変身した私がやることはただ一つ。 「さよなら!!」 「ちょっと!どこ行くんですかーっ!?」 逃げた。 だって怖いんだもん。 「待ちなさーーーーい!!エンジェルと分かったら、もう手加減しませんよ!っていうかアナタ神の使者が何で逃げてんですか!?戦いなさい!!」 「キャーキャーキャーキャーーー!!イヤー誰かーーー!!」 変身しているのに、身体能力はちっとも上がっていない。足も遅いままだ。 騙したな!ここはスーパーマン並の超人になるのが王道だろう!! 敵ロボットの図体がでかいことを利用して、わざと木の密集した場所に逃げ込むが、相手はお構い無しだ。ばっさばっさと木を薙ぎ倒してくるので、かえって危ない。 「んわっ!?」 枯葉が積み重なったところに足を入れたら、その下が窪んでいたらしく、足を取られた。すっかりバテていた所為で適当な受身しか取れず、派手に転んでしまう。 「いたっ・・・」 むきだしの両膝を派手にすりむいた。手にも撒き散らされた木のトゲが当たって皮がめくれ、血がにじむ。土が付いた不潔な状態だ。 本来ならすぐ消毒するべきだが、こんな状況でそんな甘えは許されない。 「ハーッハッハッハ!終わりです! くらいなさい!ウルトラゴージャスイービルプレス!!」 ・・・ようするに、かかと落とし。 [ 第9回 俺、参上! (4) ] 振り下ろされた巨大ロボットのかかと。まともにくらってしまえば、ぺちゃんこだ。 もうダメだ。死んでしまう。こんなところで終わりたくないのに―――。 そんな私の負の思考は、千年パズルから発せられた黄金の光にかき消された。 突如少女を包み込んだ光にひるみ、かかとを高く上げていたためにカイザーディストR2は大きくよろけた。 「ぐわっ・・・こ、これは!?」 金色の光は少女の背後に大きな影を描く。 しかし、その影は少女のものではなく、みるみるうちに別の人間の形を作った。その額の部分に、パズルに描かれたものと同じ目のような模様が光って浮かび上がる。 ゆらりと千年パズルを持つものは立ち上がった。それを確認したとき、ディストは目を疑った。 「なっ・・・だっ、誰です、貴方は!?」 「貴様は心の領域を踏み越えた・・・」 少女が居たはずの場所に立っていたのは少年だった。 見たこともない髪形で、格好は先ほどの少女と揃いだが、スカートの代わりにズボンをはいている。その点では、上下がきちんと揃った普通の制服だった。 そして少女と同じように首から下げられた千年パズル。 「闇の番人の名の下に裁きを受けてもらう。 ・・・さあ、ゲームの時間だ」 「何を訳の分からないことを・・・いいから、その千年パズルをよこしなさい! 子供とはいえ、貴方もあの小娘の仲間のようですからね・・・手加減しませんよ!ウルトラゴージャスイービルプレス!!」 再びカイザーディストR2で攻撃をくり出す。 少年は少女とは違い、逃げるどころか避けもしない。確かな手応え――ディストは勝利を確信した。 「って・・・ああ、しまった!! あまりに弱いのでまるごと潰してしまいましたよ・・・パズルを壊せばなんと言われるか・・・」 「その心配はいらないぜ」 「!?」 少年は死んでいなかった。傷一つなく、巨大なロボットを受け止めていた。 「なるほど、なるほど・・・先程の小娘とは違って少しは骨がありそうですね」 「はっ!さすがに口がでかいな、紫エリマキトカゲ!!」 「だ・れ・が・トカゲですってぇー!? もう許しませんよ!喰らいなさい、超ウルトラスーパーハイグレードビームデストロイヤー!!」 高らかに煽り文句を並べ、ディストは少年へ向けて破壊光線を射出した。光は凶器となり、一瞬で辺り一帯を一掃する。当然、その照準の先に少年は居た。 「ハーーーーーーッハッハッハッハッハ!!何と他愛の無い! 所詮はあれもただの猿の一人!美と英知に優れている私の前では・・・・」 光線が破壊した木々は多くがへし折られていたが、その中に倒れてもがき苦しんでいるはずの少年の姿が見当たらない。あたりを見渡してみても、カイザーディストR2が作り出した惨劇しかなかった。 「やれやれ、威力が強すぎるというのも考え物ですね。子供とはいえ、人ひとりが一体どこまで吹き飛んでしまったのか・・・」 「こっちだ、でかいの」 呼びかけに応えて頭上へ視線を向ければ、そこには空高く跳躍した少年の姿があった。 「なにぃーっ!?」 「喰らえ、トカゲ野郎!!」 皮肉にも『ディストが2度も失敗した技』踵落としで、カイザーディストR2のコックピットを守るガラスは蹴破られた。 [ 第9回 俺、参上! (5) ] 間の抜けた悲鳴と共に、カイザーディストR2は機能を停止。強烈な蹴りはカイザーディストの重要な操作系統をも破壊したのだ。 「な、なななな・・・動け!動きなさい、カイザーディストR2! そんな・・・私のカイザーディストR2が!3日徹夜してバージョンアップさせたのに・・・防御力だってRの120%なのに・・・・・キィーーーーーーー!!」 「どんなに外装をこだわろうと、貴様が乗るその場所がガラス一枚じや意味ないぜ!猿知恵の大将さんよ!!」 「・・・くっ!小僧ごときに何たる屈辱・・・・! 覚えてなさい!!次に会う時には、更に改良したカイザーディストでギッタンギッタンのメッタンメッタンにしてやりますからねっ!」 「なに勘違いしてるんだ?」 「へ?」 「まだ俺の闇の裁きは終了してないぜ! ―――“罰ゲーム”!!」 少年の額に、パズルと同じ目の模様――ウジャトの目が浮かび上がる。 ≪・・・・・な、なんだこれは!?罰ゲームだと?あの小僧、一体何を・・・・≫ ≪―――ああ、ディスト! こんなところに居たんですか。捜しましたよ。話があるんです≫ ≪な、何ですかジェイド・・・というか、なんでここに・・・・ いっ、いえいえ!これは取るに足らないことですねっ!それで、この私に何の話です!?≫ ≪聞いてください。実はあの陛下・・・いえ、ピオニーが私に勝らず劣っていますが、類まれなる音素(フォニム)学者の才能を持っていることが判明しましてね。これから私の力になってくれると約束を交わしてくれたんです≫ ≪え≫ ≪いよーう、サフィール!何だかそういうことなんだよ〜っ! これからは俺も政務片手に色々科学者として名を馳せて行こうかなーってな!この際さっさと皇帝業は跡継ぎに任せて、こっちに本腰入れるかなっ!なんてな!ははっ! って訳だから、これからはライバルだな!よろしく頼むぜ!!≫ ≪な、な、な・・・・≫ ≪これからはディスト・・・・いえ、サフィールではなく、ピオニーと共に夢を実現していこうと思っているんです。申し訳ありませんが、3は不吉な数字と言いますし、貴方は外れて頂くことにしました≫ ≪なっ・・・しょ、しょんな・・・! 嘘れしょう?嘘でずよれぇ!? ジェェェイドおぉ!!≫ ≪それでですね、サフィール。もう一つだけお話したいことがあるんです≫ ≪ずずっ・・・・・・なっ、なんですかっ!?み、認めませんよ!貴方の真のパートナーと親友は私です!!この薔薇のディスト・・・いや、サフィール・ワイヨン・ネイスただ一人なんですよ!?≫ ≪サフィール。私、この通り完璧主義なもので・・・この計画の内容を知る人間を、身内の外に出したくないんですよ。 ですから、貴方には頭の中の情報と共にこの世から消えていただくということで≫ ≪・・・ヘ?≫ ≪“ 天光満つる処我はあり。 黄泉の門開く処に汝あり。 出でよ、神の雷。 ” ・・・これで終わりです――― インディグネイション!! ≫ 「う、うわあぁああぁぁーーーー!? じぇいどおおぉおおぉーっ!!」 男の悲鳴が辺りに響き渡る。上空で様子を伺っていたカラスたちは散り散りに飛び去っていく。 暴れた拍子に緊急脱出スイッチでも押したのか、ディストは安楽椅子ごとどこかに飛んでいったのだった。 |
【マニアックすぎてよく分からなかった人のための親切な解説】
「俺、参上!」・・・平成単車乗りの電車部門の第1話タイトルより。
ナイトメア・・・アニメ「Yes!プリキュア5」の悪の組織より。他にもこの名前になった理由はあるが、それは機会があれば後日。
ジェイド・・・ゲーム「TALES OF THE ABYSS」のパーティキャラクターの一人、ジェイド・カーティス大佐。作中で鬼畜陰険眼鏡的な表現があったようななかったような。ディストが尊敬し、何かしら絡んでくるので辟易している様子。幼少のころはディストを故意に何度も殺しかけている悪魔。この小説に出てきた彼はディストの妄想であり、実物はもっと辛辣。
ピオニー・・・同じくアビスのキャラクター。マルクト帝国の皇帝だが、明るくかなり親しみやすい性格。ジェイドが勝てない相手、ということである意味最強。ちなみにディストはピオニーが苦手らしい。
音素(フォニム)・・・アビスの世界における物質。