[ 第7回 ひばり1/2 U (1) ] マナーモードにしておいた携帯が振動する。 それが神からのものだと知るや否や、すぐさま受話器ボタンを押した。 「ハァイ、ジャーキー!あなたの『エンジェル』ガブちゃんですぅ」 「やあ、ミサ。いきなりで悪いが、緊急任務だ。今すぐ今からメールで送る場所へ急行してくれ。詳しいことはメールで送る」 「はーい。ミサだけでいいの?今ユウギちゃんたちとはバラバラなんだけど」 「他の二人は今一緒にいるのか?」 「うん、そうだよぉー」 今、彼女たちには買い物を頼んでいる。自分は部室の掃除役だ。 用事が入ったのは嘘ではないが、実は急を要するものではない。 中々打ち解けない雰囲気の二人が少しでも仲良くようにと一芝居うったのだ。 これがレイ相手だと思うと博打だった気もするが、案外あの二人は相性がいいのではないかとミサは踏んでいる。根拠は無い。が、プラス思考が彼女の長所である。 「そうか。それは不味いな」 「何かあったの〜?」 「レイが変身した」 たったそれだけの情報で、考えあたる事態。思わず息を呑んだ。 「で、他に大事な話は?」 「ない」 返事もせずに電話を切った。 すぐにメールを確認し、場所を脳内の地図と合わせる。遠い。間に合えばいいが。 彼女はまだ一度もエンジェルの仕事をしたことのない素人。 見たところ、エンジェルの特殊能力を開花させていないようである――これはまずい。 いち早く彼女たちの居場所を探し出すため、使役する精霊を呼び寄せた。 「見つけたらすぐ場所まで案内して」と命令を下すと、慌てて戸締りをして走り出す。メールで送られてきた、おおよその場所を目指して。 「レイちゃん・・・ちゃんとユウギちゃん護らないと怒るんだから・・・!」 悪魔と戦う目的以外で変身するわけが無い。 レイが変身したということは、つまり悪魔と遭遇してしまったということだ。 ユウギが変身したという情報は含まれてなかった。つまり、ユウギは変身していない。言い換えれば、変身できていないということだ。 一度も変身したことが無い彼女。 方法を知らないということはないだろうが、何らかの要因でそれができなくなっている可能性はある。携帯を家に忘れたとか。 「もぉ〜っ!!『天使』なんだから、空飛べればいいのにっ!!」 [ 第7回 ひばり1/2 U (2) ] おかあさん、たいへんです。 じつはアヤナミさんは、ただのエンジェルじゃないのです。変身ヒーローだったのです。 つーか、ヒバリさんだったのです。 いや、本当、本当、本っ当に驚いてはいるのだが、頭が情報を処理し切れていない。 確かに彩並さんは黒髪だし、ショートカットだし、前髪も振舞いも鋭い目も雲雀恭弥に・・・言われてみればそっくりだった。 外見的には瓜二つだったのはひとまず間違いない。 しかし、それは彼女が『雲雀恭弥』というキャラクターが好きだからこそ、わざとそうしているのだと思っていた。 ――だってまさか、本人だとは思わないだろう。 エンジェルとはいえ、紙の中の人間が性別を変えて自分と同じ任務に就いているなんて、だれが思うだろう。 ああ。口元に流れ落ちる一筋の血の雫をぺろりと舐める様は、いやに様になる。 「あれは僕が咬み殺す」 声は『彼女』とはまったくの別人だった。男声なのだから、当然だけれど。 ヒュンとトンファーを構えなおしたかと思うと、驚くべき瞬発力で悪魔が居ると思われる場所に向かって走り出す。まだ片腕だけが見えない『口らしきもの』から覗いている。それが目印だ。 目にも止まらぬ速さでトンファーを打ち込んだ。 少しの間を空けて、何か重いものが落ちたかのような音と共に、水しぶきが上がる。 あまりの攻撃の強さに、思い悪魔の体が一瞬宙に浮いたのだ。 「この程度?つまらないな。もっと楽しませてよ」 宙に浮く不自然な手――悪魔の居場所の目印。 今の一撃には相当のダメージを受けたらしく、だらりと力の抜けた手がぐんぐんと乱暴に揺れる。 まさか、もがき苦しんでいるのか。この見えない怪物は。 そういってまた1発、2発、5発。ヒュンヒュンとトンファーがうなる。一発一発の速さと重さが尋常じゃない。 すごい。 強い。・・・この人、理屈じゃない。本当に人間なのか。 先ほど投げ飛ばされた時にできた怪我の痛みも忘れて、私は見入った。 「さっきのお返し」 トンファーで大きく宙に舞い上げた悪魔を、跳躍して強烈な回し蹴り。十分すぎる手ごたえ。 悪魔は吹き飛ばされ、5メートルほど離れた場所にあった自販機とゴミ箱、自販機が大きな音を上げてひしゃげ、大破した。 さらに傷を与えようと駆け出した彼に、さすがに私は慌てた。 「ちょ、ちょっと!中にはまだ武田君が・・・・!!」 「関係ない。僕はこいつを咬み殺すだけだ」 ・・・・悪魔はこの人の方じゃないか? [ 第7回 ひばり1/2 U (3) ] ごぷっ。 突然不気味な音がして、武田君の腕が一気になくなった。全て飲まれたのだ。 「武田君!!」 ズルズルと何かを引きずるような音がして、パキパキと自販機だったもののプラスチックの欠片が散らばる。悪魔が体をぶるぶると震わせ、体に張り付いた欠片を弾き飛ばす。 バシャバシャとものすごい速さで、足音が遠ざかっていく。逃げる気だ。 「逃がさない」 すぐにトンファーがとどめを刺しに行ったが、それは空を切る。かわされた。 彩並さんだった彼―雲雀恭弥が舌打ちした。 あまりにも彼が速い所為で愚鈍にまで思えたあの悪魔。 動きが急に速くなったのか、はたまた姿を消したのか。姿が見えないのでどちらかは分からないが、逃げられたと言うことだけは分かった。 彼は辺りを見回していたが、どうやら見失ったようだ。そのまま私に背を向けて走り出す。 「あっ、待って!彩並さん!」 「君と馴れ合うつもりはない」 そう言われてしまえば、立ち止まるより他ない。 残ったのは遠くで転がっている私の傘と、使い物にならなくなった彩並さんの傘と、滅茶苦茶になった自販機やゴミ箱と、私だった。 「・・・これ、もう、使えないな」 ぽろり。涙がこぼれた。 私が精一杯振り絞って出したあのときの勇気には、価値があったのだろうか。 「・・・買って、返さなきゃ」 よく考えれば、『ヒバリさん』らしい真っ黒な傘。 緊急事態とはいえ、悪いことをしてしまった。 「・・・・武田くん・・・今、どうなってんだろ・・・・・」 ・・・・悪いことをしてしまったんだ。 「私、何もできなかっ―」 ふっと目の前を何かが過ぎる。 顔を上げると、そこには壊れた人形を抱いた悪魔がいた。 「・・・・・・」 地面のアスファルトを見つめてから、もう一度だけ見上げてみる。 君の悪い人形を抱えた女の人の姿をした悪魔が居た。 「・・・・ぎゃあああぁーーーーーーーーー!!」 尖った耳に、真っ青な肌。髪は一本も無く、目には怪しく光が浮かんでいる。 ――殺される。 がちがちと奥歯がかちあった。 「だ、だだだだれかっ・・・」 「ユウギちゃんっ!!」 「! ミサちゃ・・・」 駆け寄ってがしりと抱きついてきたのは味方と言い切れる方のエンジェルだった。 ぜえぜえと肩で息をして、すっかりバテていた。なかなかの距離を走っていたようだ。 「み、見つかって良かったーっ! 無事!?あっ、足!擦りむいてる!! 他に怪我は!?」 「み、みみっ、みさ、みさちゃ」 「ん?どーしたのぉ?」 「う、うしろ」 指差した先の例の悪魔を見て、彼女は一瞬沈黙した。 「あ・・・ああー、紹介してなかったね!この子、私の精霊だよ〜」 ・・・・・ああ、精霊・・・ 精霊!? 「悪魔じゃないの!?」 「アハハ、やだなぁ違うよぉ〜!悪魔族の精霊だよ!」 それは悪魔なのでは。 ――いや、今は彼女の言葉を信じよう。 天使のしもべが悪魔なんて、シュールすぎる。 「ダーク・ネクロフィアちゃんっていうんだ!よろしくね!」 だって名前にダークって入ってるもの。闇って入ってるもの。 こんな禍々しいモノを精霊と言い張るにはビジュアル的にも無理がある。 百歩譲っても魔物。怨念の権化と言われたほうが納得できる。 「ネクロフィアちゃんはね、凄いんだよ!今もユウギちゃんのこと、この子に探してもらったの。ミサの頼れるパートナーなんだ!」 パートナー。 「・・・それは、いいかも」 「うんっ!いいでしょお〜」 ネクロフィアちゃんは嫌だけど。 [ 第7回 ひばり1/2 U (4) ] 「ところでミサ、ジャーキーにユウギちゃんたちが悪魔に遭遇したって聞いたんだけど。レイちゃんは?一緒だったよね?戦った?レイちゃん、変身したんでしょ?」 「そ、そうだ!!ミサちゃ、どうしよう私・・・!武田君が、武田君が悪魔に!!」 「え?」 「食べられちゃったの!!どうしよう・・・私が、私が助けなきゃいけなかったのに・・・!!」 「落ち着いて、ユウギちゃん。武田くんは大丈夫だよ」 「本当!?・・・でも、なんで!?」 「昔、ジャーキーに教えてもらったの。悪魔を倒せば悪魔によって害されたものは全部元通りになるって」 「・・・ウルトラマンとかが戦って壊された町が、戦いが終わると元通りになるのと同じってこと?」 「そんな感じかな〜。まぁ、そう深刻にならないでよ!私たちの役目はあくまでも『人を救うこと』じゃなくて、『悪魔を倒すこと』なんだからさぁ」 「・・・でも、それって悪魔倒せなかったら・・・・」 「だーかーら!今は気にしないの!ポジティブシンキング!最後に笑っちゃうのはミサたち、それでいいの!今は、悪魔を倒すことだけ考えよ」 「でも・・・」 「ユウギちゃん」 ぎゅっと手を握られる。ずっと立ち尽くしていた私には、走ってここまできた彼女の手は雨に打たれていても暖かかった。 「後悔するのは悪くないし当然だけど、でもそれだけじゃどうにもならないのは、ミサにだって分かる。 だから――まずは出来ることしようよ、ユウギちゃん」 なんてこと無いように、屈託無く笑う。彼女の強さを見た気がした。 なんてことだ。『大人』の私がこんなんでどうする。 「・・・そうだね。 悪魔には逃げられたけど、私にはミサちゃんも、彩並さんも居るもんね・・・・いや、彩並くんかな」 力なく頷けば、「そっかぁ、知らなかったんだっけ。驚いたでしょ?」とミサちゃんは少しだけ苦い顔になった。 「うん・・・変身したのもだけど・・・・レイちゃんは、男の子だったんだね。っていうか、ヒバリさんだったんだ。未だに信じられないんだけど・・・本当なんだよね?」 「ああ、うん。レイちゃんはこの世界には架空の人物として存在してるんだよね。まあ、エンジェルには色々事情があるから」 色々ありすぎやしないか。 「でも、まあ変身なら皆するし〜・・・たいした違いじゃないよ」 「ええ!?ミサちゃんも!?」 「? うん。ユウギちゃん、もしかしてエンジェルがどうやって戦うか知らなかった?変身のこと、ジャッキーに説明受けてなかったの?」 「・・・・えーっと」 そもそも説明されていないのか、はたまた話聴いてなかったか。 ジャーキーに白を切られたら、真実は永遠に闇の中だ。 「でも、どうして?彩並さん・・・いつもは女の子だよね」 「うーん、それについても色々あるらしいんだけど・・・ミサあんまり知らないんだ〜。とりあえず、あれがレイちゃんの本当の姿だってのは間違いないよ。ね、とりあえず帰ろう、ユウギちゃん。手当てしなきゃ」 そういえば足が熱いというか、腫れぼったいというか、違和感がある。さっき打ち付けられたときに痛めたのだろうか。まだ痛みは無いが、後から痛んでくるかもしれない。 「でも彩並さんが・・・」 「多分、もう元のレイちゃんに戻ってると思うなぁ。そうなると戦闘能力すっごく下がるし、そしたら追いつけないだろうしー・・・きっともう諦めてるんじゃないかな?ジャーキーから報告もないし・・・とりあえず、今は体制を立て直さないと。ね?」 「・・・うん」 [ 第7回 ひばり1/2 U (5) ] テーブルに無造作に置かれたままの立体パズルを手に取った。異国から異国へと旅をする家族からの土産の品の一つだ。 スイスのチョコレートに、イタリアのガラス細工。時にはアフリカのどこかの部族のちょっとヤバそうな人形まで。 これらが段ボールにみっちり詰めて纏めて送られて来たのはつい最近だ。端にはおまけのように家族からの手紙が挟まれていた。 だから『お土産』と言っても顔を合わせることはないのだが、嬉しいことにはかわりない。 朝からずっとパズルに没頭しているのは、集中することで昨日のことを忘れたいからだ。 聴きたいことが山ほどあるのに、ジャーキーに電話しないのは昨日のことで責められるのが怖いからだ。 彼はそんなに小さな器ではないことは知っている。私は誰かに責められることが、ただただ恐ろしかった。例えあれが本当に私のせいだとしても。 はたまた、そうだと分かっているからこそ責められることにこれほどまでに怯えているのだろうか。 ミサちゃんは悪魔を倒せば全てが元通りになると言っていたけれど、それでも私が武田君を助けられなかったのには変わりない。まだ中学一年生の男の子なのに。 いいや、何より恐ろしいのは人ひとり犠牲になったというのに言い訳ばかり並べて赦しを得ようとしている私自身だ。 借金にまみれて壊れかけていた家族を救ったのは、私じゃない。結局はジャーキーの力だ。 ただ天使の席を埋めるだけの私に、対価に適う役目なんてあるのだろうか。 「強くなりたいな・・・」 ぽつりと呟いて、最後に残ったピースを選び、はめる。寸分の狂いなくカチリと合って、本来の形をつくる。 (―――お前の望みを言え・・・・) どこからともなく、知らない男の声が聞こえてきた――気がした。 一人暮らしだ。他には誰も居ないはず。 ・・・気のせいだろうか。 昨日あれだけ雨に打たれた所為か、少しズキズキと傷む頭を抱えた。 「・・・・・・・やっぱり私、疲れてるかも・・・」 (お前の望みを言え・・・) 「!?」 空耳じゃ、ない。 どこか人ならぬものの力による恐怖から、膝を机にぶつけるのも気にせずに慌てて立ち上がった。 (どんな望みも叶えてやろう。お前が払う代償は、たったひとつ―――) 「な、なに!?」 私の呼びかけに応えるように、目前に人影が浮かび上がった。 「出っ・・・!?」 現れた人物は半透明で、向こうの景色が透けて見える。 まさか幽れ・・・・ 「ああああ悪霊退散!! 臨・兵・闘・者・・・・ええと・・・て、天使バリアー!」 (なんだそれは) |
【マニアックすぎてよく分からなかった人のための親切な解説】
5の展開見てニヤニヤしてしまった方、つまりそういうことですがちょっと違うのでお覚悟を。