[ 第6回 ひばり1/2 (1) ] 今日は前日から大雨の所為で部活は各自筋トレとなった。 部長曰く「好きなところで好きなようにやれ」とのことで、つまるところの休みだ。 丁度、現在備品のあれこれが切れていたり、少なくなっていたり、壊れていたり。 都合がいいので今日の放課後マネージャーは部活の備品を整えるために買出しに行くことになった。 当然、弱いもの同士群れるのを嫌う彩並さんはそれを拒んだが、「か弱い女の子2人に重いもの持たせる気・・・?」のミサちゃんの鶴の一声でしぶしぶ頷いていた。 こう言っては何だが、本当にしぶしぶだった。 ところが、いざ出発しておよそ10分。ミサちゃんがどうしても外せない急な用事が入ったとかで、突然一抜けを申し出た。 まあ、用事ができたならしかたない。彼女もエンジェルだ。色々な事情があるのだろう。 仕方なく、私たちは二人で目的地に向かうこととなった。予想外だ。 当然、彼女から進んで話を振られるわけも無く、無言が続く。 下手に話しかけると「群れるな」とか言われて私的制裁を受けそうで怖い。さっきから20分は経っているが、未だに会話はない。あまりにも重い空気。窒息しそうだ。 「・・・雨、やまないね」 「見れば分かる」 空気に耐え切れず話しかけるも、あっけなく終了。 会話のキャッチボールする気ない、この人。 投げたボールが鉄バットによるフルスイングで場外まで飛んで行ったよ。 もう早く店についてくれ。早く買って帰りたい。 「あ、そうだ。彩並さんって、もしかして漫画好きなの?」 「は?」 「彩並さんて、雲雀さんのファンなのかと思ったんだけど。カッコいいよね。強くて。 あれ、雲雀恭弥知らない?あのやたら強い、トンファー使いの風紀委員。結構有名だと思ったんだけど、あの漫画」 [ 第6回 ひばり1/2 (2) ] 「・・・君―」 「武藤?」 人通りの少ない住宅地の道である。 思わず立ち止まって辺りを見渡すと、すぐ見知った顔を見つけた。テニス部の武田君だ。 「よ、偶然だな。何してんの?」 「武田く・・・!?」 言葉が途切れたのは、突然彼の体が宙に浮いたからだ。誰に支えられるでなく。 ・・・いやいやいや、ちょっと待て。色々と待ってくれ。無いだろう、これは。ありえないだろう。 一体、何が起きているんだ。思わず傘が手から落ちた。 「わああああ!?・・・な、何だこれっ!?お、下ろせ!」 「ヒッ・・・武田くんっ!!ど、どうしよ、どうしよ・・・あ、警察!?警察!?」 この時、ジャーキーに電話するなり、ミサちゃんを呼ぶなり、大声を出して人を呼ぶなりすればよかったのかもしれない。 私がモタモタしている間に、ぐんと足と地面の距離が離れたかと思うと、武田君の体は仰向けになるように半回転した。 よく見ると、手と足が何かにつかまれているかのように不自然に皺がよっている。 ・・・・透明人間。 以前の彩並さんの言葉がしっくりとなじんだ。 「ワオ。悪魔のお出ましだね」 「悪魔・・・これが!?」 返事もなく、彩並さんが傘を放って飛び出す。 武田君の腕をつかむと、そのまま背負い投げしようとして、失敗した。目に見えない何かが、重すぎるのだ。 舌打ちして蹴りを入れるが、何せ相手が見えない。当たり所が悪いらしく、はたまたその程度のダメージではびくともしないのか、効果は薄いようだ。同じように彩並さんも悪魔に宙に持ち上げられた。 「彩並さん!!」 「彩並!?」 しかも武田君よりももっと高い。拘束から逃れようと抵抗するが、びくともしない。 それだけでなく、まるでボールを投げるかのようにこちらまで放り投げられた。あの高さから。 彩並さんはなんとか受身を取ったようだが、それでも強かに地にたたきつけられた。 アスファルトの地面だ、その痛みは想像もできない。さすがの彩並さんも、くぐもった声を漏らした。 「彩並!!」 「彩並さん!!彩並さ・・・しっかりして!」 反応が無い。打ち所が悪かったのか。 一拍置いて、アスファルトを濡らす水に赤が広がり始める。ざーっと全身の血の気が引いた。 [ 第6回 ひばり1/2 (3) ] 「た、たすっ・・・うわああーーーっ!?」 これで全部終わればいいのに。 『彩並さんだけでは終わらない』ようだ。・・・ひょっとしたら、私も。 恐怖を煽るような変声期後の少年の叫びに、止せばいいのにそちらに目をやった。 「・・・・足がっ・・・!?」 武田君の片足が無くなっていた。 血が噴出しているわけでも、ちぎれたわけでもない。その部分だけすっぽり『無い』のだ。 「やめろっ・・・食うな!・・食うなよぉっ!!」 そうか、悪魔の口に足が入っているのか。 「助けて!誰か・・・武藤!むとおぉーっ!!」 名指しされて、肩が大きく震えた。 私はさっきから何もしていない。ただ被害に遭った人間の名前を呼ぶだけだ。逃げ出さないだけ褒めて欲しい、というのが正直なところ。 彩並さんが適わないなら、きっと私がやったって勝ち目が無い。戦いたくない。それどころか、今すぐにでもここを逃げたい。 『天使』の癖にひと一人どころか、自分すらも救えないなんて。自分のなさけなさに反吐が出る。 無意識のうち一歩後退すると、何かに足をとられて転びかけた。 彩並さんの傘だった。 そうだ、この傘を振り回せば―うまくいけば、悪魔の目つぶしくらいならできるかもしれない。 にぎった拳がぬれていて体が熱いのは雨の所為じゃない。雨に混じる血のにおいに、吐きそうになった。 「・・・・ぎゃ・・・・っわあああああ!!やめろぉ!出せー!!」 「武田君っ!!」 どんどん『見えない何か』に食われていく武田君。 私は閉じた傘を拳が震えるほど強く握り締めて、その場所へ駆け出した。 先のことは何も考えてない。考えたくなかったから。 [ 第6回 ひばり1/2 (4) ] 見え無くなった武田君の腰から下あたりを目掛けて、傘を振り下ろす。 確かな手ごたえがあったのでダメージは与えられたのだろうが、代わりに悪魔からの報復を想像してしまい、ぞっとした。 何も無いはずの空間に押し付けた傘が私の力とは関係なしに不気味に動く。目に見えないこれは動いているのだ。武田君を飲み込むために。 攻撃してきている私には目もくれない。どんどん飲み込まれていく。 震え怯えながら何度も殴っても、尖った傘先で突いても無反応。 もちろん手加減しているわけではない。傘の骨は何本も折れてもう役に立たないほど叩いたのだ。 きっと同じことをに犬すればきっと重態だ。小型犬だったら死んでるかもしれない―何故かいつのまにか目尻に涙がたまっていた。 ふと悲鳴が途絶えていることに気付き、一瞬悪寒が走った。すでに頭も、半分―目から下まで飲まれていた。 二本の手がばたばたと助けを求めて動く。何とか、まだ無事だったようだ。 私は息荒く壊れた傘を投げ捨ててその手を取り、引っ張る。握り返してくる力があまりにも強くて、でも冷たくて、握る手が震えた。 まだ生きている。『生』が肩に重くのしかかってくるようだった。 「武田君!返事して、武田君!!」 どんなに両手に力を入れても、見えない何かを足蹴にしてふんばっても、びくともしない。しかも、雨の所為で手が滑る。 焦りの所為と先ほどからどれだけ攻撃しても反撃してこないことから、私の警戒は緩んでいた。何度もかかとで見えない何かを蹴ると、ようやく『それ』の堪忍袋の緒が切れたのか――ついに反撃がきた。 「うっ、わぁ!何っ!?」 腰を乱暴に掴まれたような感触があったかと思うと、ぐんと視界が高くなる。 持ち上げられたのだ。 自分の意思で足が地に着かないことが、こんなに不安で恐ろしいなんて知らなかった。 瞬時に胸を満たす後悔――やっぱり人助けなんてやめて、逃げ出せばよかった。きっとその罰にずっと罪悪感に苛まれていくのだろうけれど、死ぬような目に遭うよりはよりはずっといい。 そしてそのまま大きく振りかぶられて、先ほどの彩並さんと同じように投げ捨てられる。 爪先が天を向いた。雨模様の空は薄暗い。 恐怖のあまり、声も出なかった。 [ 第6回 ひばり1/2 (5) ] 地面に打ち付けられる前に、何かが左腕を掴んだ。 強引に引っ張られて、ぐんと世界が速度を増して回転する。靴が地面を豪快に擦った。ほぼ打ち付けるように膝を擦りむいて、衝撃で足がしびれるほど。勢いがとまらないまま尻餅をついた。 ・・・助かった。 ここにきて、どっと疲労と冷や汗が全身を襲った。足に力が入らない。 「・・・余計なことしてくれるね、君も」 傘の先が届く場所にたどり着く前に私の手を掴んで引き止めたのは、倒れていたはずの彼女だった。 「『エンジェル』が死ぬと面倒らしいからね。感謝しなよ」 仕方ないから助けた、という口ぶりである。 いつもの言動が言動なだけに、照れ隠しなのか本気なのかさっぽり分からない。 顔に流れた一筋の血を乱暴に制服の袖でぬぐった跡がある。頭から血が出ているが、意識が朦朧としている様子はなく、しっかり焦点をあわせて私を見据えている。 「・・・彩並、さん?あ、頭っ・・・」 「あれは僕が咬み殺す」 会話がかみ合わないのも今に始まったことじゃない。 しかし、どんなに彼女が強くて私が弱いとしても、これ以上彼女を戦わせるわけにはいかない。少なからず、さっきの怪我が体を苛めているはずだ。 「無理だよ、そんな体で・・・わっ」 掴まれていた腕を放されてバランスを崩し、塗れたアスファルトに倒れこみそうになるのを慌てて両手を地につけることで支える。でこぼこの石が手のひらに食い込んで痛みが走り、一瞬だけ顔をしかめた。 「ねえ、君さっき言ったよね?『雲雀恭弥を知ってるか』って」 「え?」 「知ってるよ」 どうして今、その話を。 意図が掴めず、ただじっと雨にぬれる少女を見上げた。 彼女は学ランのポケットからジャッキーから受け取ったと言う例の携帯電話を取り出し、握る。 「“土に神の光を”」 大地に捧げる言葉。 それを合言葉にケータイは一瞬でまばゆい光に姿を変え、胸の高さほどまで浮かび上がり、光る美しい球体になった。 「変身」 躊躇無く、その光の塊を殴った。球体は砕け散り、内に収まっていた神々しい光が洪水のように溢れかえる。 私はあまりの眩しさに目を瞑り、手で目をかばった。ちかちかと残像が目の中でちらつく。 目を開けてられないほどの光はすぐに鎮まった。 「・・・ホンモノ?」 目を開いたとき、その場所に立っていた人物は明らかに『彼女』ではなかった。 別の学校の学ランを着て、風紀委員の腕章をつけ、トンファーを手にした、彼女よりももっと背の高い人。 「僕が雲雀恭弥だ」 冷たく鋭い目を極楽しげに緩ませて、『彼』は艶やかに笑う。 |
【マニアックすぎてよく分からなかった人のための親切な解説】
ひばり1/2・・・らんま1/2より。格闘家の少年が水かぶって女の子になったり、お湯かぶって男の子に戻ったり。バトルラブコメ。
漫画の世界からきたあいつ!ちょっとヘン!!・・・「らんま1/2」アニメ第一期第一話のタイトル『中国からきたあいつ!ちょっとヘン!!』のパロディ。