[ 第5回 撲殺天使レイちゃん2・1 ] 音楽室は、秘密の情報交換場所にはなかなか向いているかもしれない。 ―というのは、ミサちゃんの発言だ。 「何せ、防音仕様だからね〜。やっぱり頭良いなぁ、レイちゃんは」 「なるほどぉ・・・」 音楽室まで辿り着き、きっちり隙間無く閉められたドアに手をかけた。伝えられたとおり、鍵はかかっておらず、少し重めのドアは簡単に開いた。 中には、血濡れで倒れた男子生徒の傍にゆらりと立つ阿修羅がいた。 「ギャアアアーーーーーーーーーーッ!!」 「煩いよ」 「うわあ〜、レイちゃんったらまたやっちゃったの?もう、オテンバさんだなぁ」 「ま、また!?」 「レイちゃんはリンチごっこ大好きだからね」 ごっこと言うか、そのものなのでは。 「えっ・・・これ、彩並さんが!?だっ、大丈夫なの!?」 「当然だよ、その為に天音に始末を頼むんだから。僕に責任は残らない」 そういう意味で聞いたんじゃない。 中学生とはいえ、男相手。 下手をすればとんでもない怪我につながる。 というか、何故こんな殺人現場のようなことに。 それにしても、一体、ミサちゃんにどんな証拠隠滅スキルが。 「も〜、またぁ?天罰くらっても知らないからね〜」 「天罰?」 「ああ、知らない?あんまりジャッキーの意志に背いて勝手な行動とるとお仕置きされるんだよ」 お仕置きの内容がすごく気になるが、怖くて聞けなかった。 [ 第5回 撲殺天使レイちゃん2・2 ] 「それでレイちゃん、何で集合かけたの?ミサはリンチごっこやらないよ」 「僕が進んで君たちを群れさせるとでも思ってるの?その必要があったからだよ」 「そ、それとこの人たちに何の関係が・・・?」 鋭い視線と共に、ため息一つを頂く。 「敵の情報が手に入った。彼らに聞いたんだよ」 もっと正確に言えば、“こいつらの体に聞いた”であろうことは、言うまでも無い。 「さっき、ちょっと『見て』ね。彼らが情報を持ってることを知ったんだ」 「レイちゃんは――『ウリエル』のエンジェルはね、たまに未来を見ることがあるんだよ〜」 「へえー、未来予知!すごいね!」 「どうでもいいよ。僕は群れてる連中を咬み殺すだけだ」 反応が冷たい。 彼女の本来の性格を差し引いても、私に対してだけ特別態度が冷たいと思う。声の低さからして違うと思う。 やはり嫌われているのだろうか・・・。 私も彼女が苦手だが、やはりあからさまに嫌われると傷つく。 「でぇ、収穫はどんな感じだったのカナ〜?」 当然の質問のはずなのに何故かチッ、と舌打ち。 処理して欲しいんでしょ、と天使の笑顔で微笑むミサちゃんに、しぶしぶ説明しだした。 説明が面倒なのだろうか。 「まず、先視(さきみ)だけど・・・・。今日の朝、こいつがよく分からないものに襲われてた」 「なにそれぇ?」 「さあ?目に見えない何かに一方的に攻撃されてたって感じ。透明人間みたいなものかな。多分それが今回倒さなきゃならない悪魔なんじゃない?」 「えっ、悪魔って見えないの!?・・・どうしよう、私幽霊も見えないのに・・・」 「大丈夫、ユウギちゃんにも見えるよ!悪魔は普通の霊感無い人間にも見えるから、大丈夫。今回の悪魔はそういう特殊能力をもってるんじゃないかな?」 なるほど、幽霊ではなくゾンビのようなものか。 「それと、もう一つ。マスコミがやたら騒いでた。この学校の近辺で、事件や事故が多発しててね。行方不明者の数も尋常じゃなかったし・・・これは多分、もっと先の未来だろうね」 いきなりの急展開。 初任務であり、悪魔を見たこともない私にはまだ現実味の無い話だ。 そもそも、悪魔についても曖昧にジャーキーから伝えられただけ。 「そっかぁ〜。んー、でもそれだけの情報じゃあどうしようもないよねぇ。なんとか事前に防ぎたいけど・・・」 頭が飛びぬけて良い訳でもない。運動神経なんて中の下。喧嘩はしたこともない。 こんな私が、彼女たちの役に立つことができるだろうか。 急にチームメイトの2人が遠く感じた。 [ 第5回 撲殺天使レイちゃん2・3 ] どうやら彩並さんがボッコボコの半殺しにしたのはテニス部二年の荒井という非レギュラーの平部員だったらしい。 「だいじょぶですかぁ、せんぱいっ!! よかったぁ〜、偶然通りかかって。大丈夫ですか?起きられますか?今、保険の先生呼んでもらってますから、安心してくださいねぇ。 ええ?レイちゃんに?そんなまさかぁ、違いますよ〜!レイちゃんが先輩をボッコボコにするなんて、そんなことあるわけ無いじゃないですか! これは、神経衰弱ですよ! 心が疲れきって脳が夢や空想と現実を取り違えてしまうんです。馬鹿にされることを恐れて黙っている人が多いのであまり知られていませんが、10代の思春期には幼少期の無意識下のトラウマが悪化して併発したり、結構よくあることなんですよ。自分の心の奥は無自覚のうちに衰弱していることも最近多く見られるケースなんだそうです。今の時代、子供も色々大変ですからね。歴史上の中でも有名なのは1684年、ドイツの15歳の少年クリストフ・シュタイナーの例ですね。クリストフは、ある日突然 (中略) でも、自首してきたクリストフは誰も殺していませんし、ましてや9歳の妹を庭に埋めてもいません。アリバイも成立していましたし、後に真犯人が見つかり、ドイツ中を驚かせました。ね、人間の記憶って、思ってるよりも結構いい加減なんですよ。 それに大体、女の子で中学生1年生のレイちゃんですよぉ?ついこの間まで小学生だった女の子が男の人を素手でここまで怪我させるなんて、普通ありえませんよ〜。 ―ねっ、ユウギちゃん!」 肯定を求める彼女の笑顔が眩しすぎて、私は「うん」と答える他なかったわけで・・・。 処理を頼むとはこういうことか。だから私もお呼ばれした訳か。 ある意味、数の暴力だ。 昼休みの短い間に色々あったが、当然今日だって部活はある。中学校の部活にしてはあまりにもハードな練習量だと感じていたが、ここのテニス部はかなり名の通った強豪らしい。納得。 放課後、テニスコートに入ろうとした瞬間、ありえない激痛が耳を襲った。 「あだだだだだだ!!もげる!取れかけた!今の絶対!!」 「着替えるの遅い」 「うわ、また君か!なんだよもう! いいでしょ、お昼の残り食べてたの!」 そう、結局ミサちゃんたちと解散したときには時間は残っていなかった。 お陰で午後の授業が終わるまで何も口にできなかったのだ。たまたま5時間授業でよかった・・・。 それにしてもこの小僧のお陰で、私の耳の器官生命も終わりかけたよ。どうしてくれる。 「ったく、君は私のこと好きなの?嫌いなの?キッチリしてください!」 「それは―」 「こら、おチビ!マネージャーは大事にしなきゃダメだにゃ!」 にゃ!? [ 第5回 撲殺天使レイちゃん2・4 ] ・・・すみません。助け舟の前に「にゃ」の方が衝撃だったんですが。 顔に絆創膏貼った男子部員と思われる男の子に助けられ、ようやく耳が開放された。 おしおきー!とかいって軽くチョップをくらわせてじゃれているのを目にしていると、その人の隣に居た、微笑みアークエンジェル様に話しかけられた。 「耳、大丈夫?」 「あ、はい・・・」 「あっ!ねえねえ君、新しいマネージャーの子だよねっ!?」 この子も背、高いなー。 三年か?というかコイツらこの体格で本当に中学生?・・・今更か。 ともかく絆創膏先輩にもお礼を言って頭を下げた。 「俺、三年の菊丸英二!よろしくにゃ〜」 「こちらこそよろしくお願いします。一年の武藤ユウギです」 「よしよし、しっかりしてて偉い偉い〜。マネがんばるんだぞー!」 おもっくそガキ扱い・・・。何度もしつこいようですが大学生なんですけどね。 いいですけどね!バレたらまずいし! 「それにしても武藤って越前と仲良かったんだね。知らなかったな」 「別に仲良くないッスよ」 「そうですよ。偶然同じ学校に通い、偶然同じクラスに所属し、偶然隣の席同士になった赤の他人です」 「・・・さっきのことまだ怒ってんの?」 当然だ。 「そういえば英二、怪我もういいの?」 「え、どっか怪我したんですか!?」 「うん、この間階段で転んじゃって。でも捻挫とかはなかったし、大丈夫!もうアザ残ってるくらいで痛くないにゃ!たいした怪我じゃなかったし!」 「階段でコケるって、とろ・・・気をつけないとレギュラー落ちになるッスよ」 おい、今「トロい」って言おうとしただろ、一年生。 「そういや最近、階段での怪我人が多いね。天音も怪我こそ無かったけど、転んでテニスボール撒いてたし。僕と手塚が間に合わなかったらって思うとぞっとするよ」 「ひえ〜、そりゃ怖いにゃー。・・・あ!それに一年の、えーと武田だっけ」 「元就くんですか?」 「ああ、確かそいつ!アイツも階段から落ちて病院行ってたし・・・なんだか気味悪いにゃ」 「この前、竜崎先生がたるんどるって零してたよ」と苦笑と共に不二先輩がため息をついた。 「武藤も気をつけるにゃ!!」 「え、はっ、はい!」 「うん、よし!」 菊丸先輩の顔に張ってある絆創膏に目が行って、急にそれが痛々しく感じた。本当に、私も気をつけよう。(ファッション感覚でいつもそこに貼られていることを知らない) 「・・・あ、そういえば今日2年の荒井センパイが全身ひどい怪我で病院送りになったって聞いたんスけど・・・」 慌てて話題をそらしたのは言うまでも無い。 [ 第5回 撲殺天使レイちゃん2・5 ] 絶賛美少女中、しかも明るくはきはきしていてフレンドリィ!なミサちゃんは人気者マネージャーだ。 何といっても、独特の雰囲気の『守ってあげたい』オーラがあり、典型的な正ヒロインタイプ。何より礼儀正しく話しやすい。彼女の持つ穏やかな空気には毎度肩の力が抜けて和む。 そんな部内でもの凄い支持率を持つ彼女だが、レギュラーからは反応が薄い気がする。 一回バーニング先輩に聞いてみたら「バ、バーニング・・・」と不完全燃焼ぽい返事が返ってきた。なんでボリュームダウンするの!先輩! 他の多くの先輩も何故か目をそらして合わせてくれなかった。首をかしげたのは一年ルーキーと私だけ。 今日の荒井先輩と同じく、過去に彼女の凄まじさに当てられたことでもあるのだろうか。 一方、彩並さんへの部員からの評価はそろって「病弱じゃなければね」というものだった。よく休むとは聴いたが、実はそれは以前一回部員とのトラブルをおこしてしまった後にミサちゃんが作った設定らしい。 なんでも、「群れてる」と因縁をつけられて一年生が何人かリンチごっこに遭ったんだとか。そのときはミサちゃんが今日の要領でなんとかフォローしたものの、一歩間違えばどう転んでいたことか・・・。 とりあえず、いざと言うときにテニス部に出入りしやすいようにとその設定どおり動き、なるべく同じ過ちを繰り返さぬよう、少し顔を出して早退といったことを繰り返しているらしい。 「は〜い、休憩でぇ〜す!」 タイマーの電子音とマネージャーの声を聴いて、全員がぐったりとラケットから力を抜く。 「やったーっ、俺、いちばーん!」 「あっ、ずるいっすよ菊丸先輩!」 天使スマイルでタオルと手際よく(しかしカップが載ったトレーが若干ぐらついて危ない)ドリンクを配っていくミサちゃん。 私と彩並さんはひたすらドリンククーラーからプラスチックカップにドリンクを出して部員に配っていく。こうでもしないと、平部員にまで休憩時間内にドリンクを配れないのだ。 「はい、おつかれー」 「どーも。武藤もお疲れ」 「あ、元就君!さっき、すごかったね!あと一球でパーフェクトだったよ、惜しかったー」 「あ、あれはまぐれまグブッ」 「ちょっと、後ろつかえてんだから早くしてくれない」 例の隣の席の人が無理やりドリンク飲みかけの元就君を押しのけてきた。ひでえ。 あれ、この人確か一年のくせにレギュラーだったよね?レギュラーには先にミサちゃんが配ってるのに、なんでこんな混んでる所にくるんだ。 「武藤、俺にもちょうだ」 「はい、どうぞ。ほら君、貰ったらならどけて。それ以上群れると咬み殺しちゃうよ」 有無を言わせず、彩並さんがカップを突きつけてシッシッと手で帰れと合図。それに越前くんがムッとしたように眉を寄せると、二人でガン飛ばし始めた。 「別にいいじゃん。休憩なんだし、何したって」 「ワォ。面白いね、君。僕に楯突く気?」 癒しの休憩時間で何でメンチ切ってんの、この二人。 「何にせよ、君はここで咬み殺す」 そういって、彩並さんは握っていたの厚手のプラスチックのコップを割りつぶした。入っていたアクエリアスとコップの欠片が飛び散る。踏んでも割れ無さそうな丈夫なコップなのに。どんな握力してるんだ。 何にせよ、こんな大勢の前での『リンチごっこ』は絶対阻止しなければ。 「あああ、彩並さん!駄目だよ!やっ、やめよう!?ね?」 「ワォ。君も相手して欲しいのかい?いいよ。一緒に咬み殺してあげるよ」 「え、エーーーーーッ!?そ、そんな」 「キャーッ!レイちゃん、蜂!!」 ごすーん!!と明らかに殺す勢いで、ミサちゃんは氷のぎっしり詰まったビニール袋を彩並さんの後頭部にたたきつけた。当然、意識を失い床に伏す彩並さん。 「あ〜、あぶなかったぁ!レイちゃん、一回刺されたことあるっていってたもんね〜!アナフィラキシーで蜂に殺されるところだったぁ〜」 君に殺されるところだったよ。 確かに彩並さんの暴走阻止には有効だが、やりすぎではないか。 何故、一日に二度も殺人現場のような惨状を間近で目の当たりにしなければならないんだ。 「わーん、ミサ虫超キライなんだよ〜!!気持ち悪いよ〜ユウギちゃーん!」と抱きついて誤魔化しているミサちゃんに、私は笑顔が引きつらなかった自信がない。 |
【マニアックすぎてよく分からなかった人のための親切な解説】
「心が疲れきって脳が夢や空想と現実を取り違えてしまう云々」・・・ドイツの15歳の少年クリストフ・シュタイナー事件も何もかもでっちあげです。思春期に無意識のうちに神経が衰弱云々〜も天音自身のうんちくを材料に脳内錬金術して作り上げた嘘なのでご安心を。
アナフィラキシー・・・ハチ毒などを原因に起こるアレルギーの一種で、呼吸困難など急激なショック症状をきたす。症状が著しい場合は死に至る。