【1】女子中学生とは仮の姿! 「ハーッハッハッハッハッハ!」 高笑いと共に何かが空から降りてくる。空飛ぶ安楽椅子に座りながらユウギの前に現れたのは派手な格好の怪しい男だった。 もちろん初対面だが、ユウギは直感でこの男が悪魔だと分かった。 「小娘よ、とくと聞くがいい。美しき我が名を! 私は魔王の忠実なる下僕!ナイトメアの悪魔が一人、薔薇のディスト!」 やはりナイトメア。ユウギは勘が当たったことに心底がっかりした。 「もー、悪の組織がなんでわざわざこの学校にくるの! もうちょっと国会議事堂とか市街地とか、それっぽい所を狙えばいいじゃない。せっかく今日から転入なのに、邪魔しないでよ!」 「だまらっしゃい! 私は悪魔!天使の貴様を駆逐するために参上したのだっ!」 「ガーン!ばれてる!!」 変身していればそこそこバレない程度に変装できているという話だったが、そこそこはそこそこでしかなかったようだ。松平所長の話を信じたのが間違いだったとユウギは嘆いた。 ジャーキー探偵事務所のエンジェルを狙った襲撃。これはしらばっくれそうもない。ユウギは観念して相手をすることにした。 誰にも見られていないことを祈って変身する。ここでもし、 「何それ恥ずかしくないの?」 とでも聞かれたらユウギは憤死する自信がある。 仕事を選べないのが社会的弱者のつらいところだ。幸いディストは空気の読める悪魔のようでスルーしてくれた。 「私はなんちゃって最強悪魔とは格が違うことを教えて差し上げますよ! 総務!」 「はい。右手をご覧下さい」 突如現れた女性が示す先には、巨大コンテナが不自然に置かれていた。 自動でその扉が開くと、戦隊ヒーローが乗りそうな今週のビックリドッキリメカが登場。ちなみに観音開きのスモーク付き。無駄に凝った演出である。 「カイザーディストNです」 「ちなみに……」 「NはナイトメアのNだそうです」 ユウギが皆まで言わずとも察してくれた。有能なOLである。 「驚くのはまだ早いですよ! 愚かな人間の魂を生贄に……起動せよ、カイザーディストN!!」 ディストが一枚のカードをカイザーディストNにセット。すると命を得たようにカイザーディストは動き出した。しかし悪魔的な厳つい顔とごついボディのくせに、動きは何故かとても乙女チック。加えて内股だ。 「気持ち悪!!」 「なんてこと言うんですか!!こんなに可愛いのに!」 プンプンと怒りを表現する動きでカイザーディストも抗議していた。これが噂のゴツかわいいというやつか。残念ながらユウギは受け付けない動きだった。 「行きなさい、カイザーディストN!エンジェルを駆逐するのです!」 カイザーディストNは機械音で返事をすると、腕らしいパーツでユウギに殴りかかった。しかしユウギはそれを回避した。変身後は身体能力が著しく向上する。それはもうスーパーマンのように。 ユウギは肉体強化による怪力とスピードでライダーキックを仕掛ける。カイザーディストNは避けない。会心の一撃が装甲を撃つ。 「とおー!痛い!!」 しかし相手は恐ろしく硬かった。ユウギは痛みにのたうちまわる。 「ハーハハハ!そんなへなちょこキック、カイザーディストNには通じません! なんといっても超強化装甲と、ハイパー衝撃緩和素材スーパー・アルファゲルの無敵コラボですからね!」 「アルファゲルって、あの三階から卵を落としても割れないっていうアレ?今日授業でやったよ。なるほど、こういうところでも科学は役に立ってるんだね」 さすが悪魔の兵器。生半可な攻撃は効かないのだ。 「私の素晴らしさを理解いただけてよかったです。さあ、お遊びはここまでですよ!死になさい、エンジェル!」 ユウギは簡単に追い詰められていった。確かに超人的な身体能力を持っているが、それが生かせていない。力に振り回されているのだ。 カイザーディストNの懇親の一撃を受け、ユウギは吹き飛ばされた。受身を取って着地したために隙だらけだったのだ。ジャンプの後の予想着地地点が大幅に狂うほど、ユウギは力を使いこなせていなかった。そして蓄積されたダメージで立つのがやっとというほどボロボロになっていた。 (おかしいですね、雰囲気もずいぶんとイメージから離れています) ディストは肩透かしをくらった思いだった。VTRで見た彼女の強さはこんなものではなかった。 「まあ良いでしょう。楽に倒させてもらいますよ!」 影武者かとも思ったが、ここで考えても埒が明かない。ディストは勝利の報告をするため、さっさと片付けることにした。 「全く、せっかく二人分の魂を使ったというのに張り合いがありませんね。あの子供も運が悪い。こうなると分かっていたなら、どちらか一人は生きながらえていられたでしょうに」 二人分の魂。そして先程ディストが口走った『生贄』。ユウギは嫌な想像をしてしまった。 「まさか、その機械を動かしているエネルギーって……」 「おや、伝わってませんでしたか?仕方ありませんね、馬鹿なエンジェルのために教えて差し上げましょう!」 ディストは自慢げにカイザーディストの動力源を説明した。それは人間の魂で、カードに封じ込めて使う。そして生贄にされたのは二人の女生徒だと。 「王子様がどうとか、ファンクラブがどうだか言ってましたね」 「あの二人を殺したの……?」 「さあ?知りませんよ。なにせ使うのはこれが初めてですからね」 少しも悪びれる様子なくディストは言った。悪魔なのだから、当然といえばそうだ。 「魂は有限資源。それが尽きれば少なくとも無事ではないでしょうね。まあどうでも良いじゃないですか、あんな下等な猿のことは――」 「貴様は心の領域を踏み越えた」 ユウギの纏う空気は先ほどまでとは明らかに違った。怪我におびえていた少女はそこには居ない。 「ようやく俺の出番のようだな。アンタかい、あいつを怒らせた奴は」 「フン……本性を現しましたね」 ディストは確信した。やはりこの少女があの悪魔を倒した天使なのだ。 「それでこそ我がウルトラハイパー天才的発明の恐ろしさが分かるというもの! カイザーディストNよ、愚かなエンジェルに天才と凡人の差を見せてやりなさい!」 雄叫びのような機械音を発して、カイザーディストNはユウギにに殴りかかった。 しかしそれは空振りに終わる。ユウギは最低限の動きでかわしてみせたのだ。今のユウギは先ほどのように不用意に飛び跳ねたりはしない。 攻撃の手が止まると、ユウギは反撃を始めた。威力を殺すことなく、カイザーディストNに届く。先ほどとは別人のようだ。 「ふん!先ほどより少しはマシなようですね。しかしカイザーディストNの恐ろしさはここからですよ!」 何せカイザーディストは鉄壁の防御。攻撃が効かないのなら怖いものなどないのだ。ユウギの攻撃がクリティカルヒットしようと装甲を貫くことはない。 直接攻撃をやめ、ユウギは翻弄するようにカイザーディストNの周囲を走り回る。そして足元を蹴り飛ばすように足払いをかけた。 機体はあっけなく転倒する。巨体はユウギの動きを追って上体を捻っており、バランスが崩れていた。ユウギはそこを狙ったのだ。 「ムキーッ!小癪な真似を!もう許しませんよ!」 「いいや、俺の勝ちだ」 ユウギは挑発するように笑み浮かべた。 「なんですってぇ!?もう許しません! カイザーディストN、何をしているのですか!早く立ち上がって止めを刺しなさい!」 カイザーディストNは寝転がったままうんともすんとも言わない。ディストはようやく異変に気づいた。 「手の内を全て明かしたあんたの負けさ」 ユウギの手には一枚のカードがあった。二人の少女の魂のカードだ。 「なっ、いつの間に!?」 「外部と接触する部位は、機械も人間も関係なく急所らしいな」 ユウギはカードを持つ別の手に見覚えのあるパーツを持っていた。 ディストはカイザーディストNの魂のカードを収めるためのトレイを確認する。引っこ抜かれたために、そこには穴が開いているのみだった。 エネルギー補給口を絶たれた。これでは奪われたカードの代わりの魂を持ってきても意味がない。 傷口をえぐるように、ユウギはその一点を集中攻撃。カイザーディストNはあっけなく大破した。スクラップは総務の女性の指示によって、手際よく作業員が片づけて撤収していった。 「さあ、残りはあんただけだぜ」 「ぬぬぬぬぬ……!! ……フン!今日のところはこれくらいにしておいてあげましょう!」 ディストは椅子の安全装置のついていたスイッチを押す。椅子から現れたブースターが炎を上げた。 「覚えてなさいっ!次は絶対に抹殺してやりますからねー!」 捨て台詞と共に、悪魔は空のかなたへと緊急撤退。邪魔にならない場所で待機していた総務は普通に姿を消した。 「逃がしたか……罰ゲームが済んでないんだが」 ユウギは舌打ちして星になったディストを睨んだ。夕闇の中、首からぶら下がる黄金のパズルは夕日を浴びて怪しく光った。 |