【1】女子中学生とは仮の姿! (ガーン!もうバレた!!) 教師が私語を注意してくれたお陰で難を逃れた。しかし根本的な解決になっていない。止せばいいのに、ユウギは恐る恐る越前の様子を盗み見る。 しっかりと目が合った。 (すごくこっちを見ている!!) 悲鳴を押さえつけ、ユウギは頭を抱えた。 しかし秘密探偵ということまではばれていない。それだけなら恐らく、まだセーフだ。恐らく。 できればフェンスジャンプ云々の目撃情報も、見間違いの方向に持っていきたい。しつこく嗅ぎ回られたなら、ばれるのは時間の問題だ。 授業終了後は、ホームルームの後に掃除と中々忙しい。しかし運悪くというか、ユウギもリョーマも掃除当番ではない。つまり逃げるチャンスがない。 そしてとうとう終礼の挨拶となった。これが終わったらダッシュで逃げ帰る程度の解決策しか思いつかない。しかし初登校の転入生がとるべきこうどうではない。怪しすぎる。結局、何とかお茶を濁すしかないのだ。 「起立、礼。さようなら」 日直の号令に続けて、さよーならと生徒が復唱する。 「さようなら。皆さん、気をつけて帰ってくださいね」 担任の糸色が一言付け加えて、ホームルームはついに終了した。 帰れー帰れーとユウギはHR開始からずっと念じていたが、当然天使にそんな力はない。やはり、リョーマはユウギの元へと向かってくる。 「武藤」 来た。 「むっ とっ うっ さあああぁんっ!!」 救世主が現れた。 リョーマの声を掻き消し、かつ視界から隠すように一人の生徒がユウギの前に飛び出してきた。髪を二つ結びにまとめた、快活そうなクラスメイトだ。 「今日の放課後って暇!?なに、暇でしょうがない!そうよねー、暇よねぇ!? じゃあまだ学校のこと分からないだろーから、あたしが教えてあげるううぅ!」 一方的にユウギの放課後の予定を決めると、彼女は強引にユウギの腕を引いた。 妖気が黒い靄のようにうごめく場所。その闇を雷が切り裂くと、怪しい高層ビルが顕になる。そこは暗黒に囲まれてそびえ立つのは悪の組織の総本山。たくさんの悪魔がはびこるナイトメアの本拠である。 所は作戦部専用フロア。 部長の椅子に座るのはエジプト系の浅黒い肌の少年だった。責任者としては随分と年若い。しかし自信に裏づけられた態度は彼が部屋の主だと物語っていた。 机の上に置かれた名札には彼の名がシンプルな字体で名が記されている。マリク・イシュタール。恐ろしい悪魔たちがおそれる、ナイトメアの大幹部である。 「全く……悪魔召喚部はどうなっているんだい?」 マリクは黄金の杖を弄びながらデスクに腰掛ける。杖には逆さピラミッド型のパズルと同じ、目のような紋様があった。 「この間の悪魔も、無敵無敵って小煩いだけで瞬殺されて……ハエ以下じゃないか。上は最強悪魔の召喚にご執心のようだけど……」 「ハーッハッハッハッハ!とうとう私の力に頼らざるを得なくなったようですね!」 ノックもなしに現れたのは丸眼鏡の男だ。肉付きの悪い研究者体型とカーニバルのような派手な衣装。そのアンバランスさは男を不気味に演出している。 男の名はディスト。ナイトメアの悪魔である。 「何の用だ、ディスト」 「何の用ですって!?貴方がこの私を呼びつけたんじゃありませんか!」 ディストはキーキーと耳障りな声を出して騒いだ。 「そうだったか?……だめだ、思い出せない」 マリクは至極どうでもよさそうに机の引き出しを漁り始めた。既に意識は書類の印鑑探しに向かっている。 「どうせ大した用じゃなかったんだろう。もういいぞ、さっさと帰れ。邪魔だから」 「ムキーッ!!覚えてなさい!復讐日記につけておきますからねっ!」 三十路半ばほどのこの男がマリクよりも年上なことは間違いない。しかし精神年齢で言えば、そうともいいきれないようだ。 「おい、上司にその態度は何だ。減給だぞ、減給」 ディストはくっと唇を噛んで文句をこらえた。 「……ところでマリクさん、一体どうしたんです?先ほどから落ち着きがないようですが。この私が呼ばれたということは重大な事件でも起こったのですか?」 ちらりと品定めするようにマリクの視線が動いた。しかし眼鏡をかけなおしていたディストは気づかなかった。 「……二人目のエンジェルが現れたんだよ」 「なんですって!?」 ディストは話に食いついた。現場を担当するディストにとって次はわが身なのだ。 マリクは書類のうちの一つをディストに渡した。直江兼続のエンジェル戦の報告書だ。ディストは眼鏡を押さえつつ、文面に目を走らせる。 「これは……例の最強シリーズの新人ですか?」 最強シリーズ。最強の悪魔を召喚し、エンジェル倒すための有力な戦力とする。現在悪魔召喚部で盛んに行われている計画だ。 「総務」 マリクが指を鳴らすと、どこからともなくOLの女性が現れた。 「はい。こちら直江兼続さんの戦闘記録です」 総務と呼ばれた女性は、持参したDVDを巨大スクリーンに映し出した。仲間が見たことのないエンジェルにぼこぼこにされている映像だった。 「随分と一方的ですね。実力差が目立ちます」 「ああ、だがこいつは緒戦でエンジェルを戦闘不能まで追い詰めた実力を持っている」 「なっ、馬鹿な!ではこのエンジェルが強すぎると、そう言いたいのですか!?」 ディストがエンジェル2号を指差した時、最強シリーズらしい悪魔はとどめを刺された。新人エンジェルは見事、初戦を白星で飾る。DVDの映像はここで終わっていた。 「……くっ…………くくく」 ディストは俯いて肩を震わせた。恐れからではない。笑っているのだ。 「なーるほど!超天才の私はもう分かりましたよ!私ならこれを倒せるだろうと、そういうことですね!なーに、私のスーパーウルトラ素晴らしい才能の前では、エンジェルなど塵も同然!」 面倒だから適当に相手をしてやったら、面白いことになったな。 胸中でマリクは呟いた。 「ああ、うん。期待して待ってるよ、ディスト。まあ君は殺しても死にそうにないし、好きにしてくれ。……あ、判子あった」 「お任せを。必ずや目障りなエンジェルを倒してご覧に入れましょう!」 ディストは現れたときと同じように高笑いしながら部屋を後にする。 会話の意図がかみ合わないまま、地獄からの刺客は放たれたのだった。 |