【1】女子中学生とは仮の姿! 「初めまして、武藤さん。ようこそ青春学園へ。 私はクラス担任の、糸 色 望(いとしき のぞむ)と申します」 「武藤ユウギです。よろしくお願いします。 ……なんでそんなに糸と色が離れてるんですか?」 転入したクラスの担任は、書生の格好をした若い男性教師だった。 「いきなり口うるさいことを言うようですが、駄目ですよ。学校にアクセサリーをしてきては」 ユウギがこれのことかと首元を指すと、糸色はもちろんそうだと頷いた。 紐で首からぶら下げられているのは、金のピラミッド形のパズル。ペンダントトップにしては少々大きい。潜入任務では足を引っ張ることを覚悟で持ってきたものだった。 「転入生は第一印象が肝心なんです! このままではあなたのあだ名は逆ピラミッド! 心無い子供のネーミングセンスに心は折れて引きこもりまっしぐら! そして繰り返される転校! そのうち転校が趣味のひねた学生生活を送ること請け合い!!」 「いや、いじめが原因で転校したわけじゃないので、大丈夫ですよ……?」 てっきり風紀を乱すことを怒られると思っていたユウギは拍子抜けしてした。 「それにこのパズル、ないがしろにすると不幸なことが起こるんです。 祖父の形見ですし、なんとなく手放しにくくて……」 「なるほど、分かりました。中学生、とくに二年生に多いと言われるあの病気を患っているのですね。没収です!」 糸色は毅然とした態度でパズルを取り上げた。 「先生!」 「ダメです。これは放課後に返してあげますから……」 次の拍子に糸色は落ちていたプリントを踏み、足をくじいた。 「お、と、とと……おおお!?」 ぐきりと足首を挫いてバランスを崩した糸色。眼鏡が顔から浮いた視界不良の中、何とか上手い具合にソファに倒れこむことに成功した。ユウギを首を押さえて押し倒す形で。 「ぐえ……痛!!」 更に運の悪いことに、ユウギは後頭部をぶつけた。もちろん殺意などないので、ユウギの首を絞めるように置かれた手に力は入らず、添えてあるだけだ。 しかし糸色の脳内は恐ろしい未来予想図が展開されていた。暴力教師、もしくはわいせつ教師としてPTAに吊るし上げられて退職に追い込まれる妄想が。冷や汗がとめどなく出ていた。 「……せ、先生?大丈夫ですか?」 糸色はぴくりとも動かない上に尋常じゃないほど顔色が悪かった。怪我をさせられたユウギが心配するほどだ。 「糸色先生、居ます?」 そこへ最悪なタイミングで指導室のドアが開く。現れたのは若い女性教師だった。職員室で生徒指導室に居るとききつけてきたらしい。 「昨日言ってた授業変更の……」 彼女が見たのは教え子をソファに押し倒している同僚の男性教師だった。しかも生徒は涙目。更に両手は生徒の首を絞めるように置かれていた。 いやな沈黙が場を支配する。 女性教員は無言で糸色たちに歩み寄る。そしてバキバキと手の関節を鳴らした。 「いたいけな女子生徒に、なにさらしとんじゃコルアアアァ!!」 「ひでぶーーーーー!!」 女性教員は糸色を背負い投げの要領で宙に浮かべた。そのままパンチ、キックと空中コンボを決めてK.O。ユウギが口を挟む隙もなかった。 「あなた、大丈夫!?救急車呼びましょうか?」 「いえ、大丈夫です。私は」 最後のところだけ強調した。 ユウギは女性教師に何度も同じ説明をして、ようやく誤解を解けた。それでも気をつけるように何度も念を押すと、糸色の死体をそのままに去った。 糸色は女性が扉を閉める音で意識を取り戻す。そして俊敏な動きで上体を起こした。 「死んだらどうする!!」 「生きてたんですね、先生」 「絶望した!!陰湿な太古の呪いに絶望した!」 ようやく復活した糸色は、天を仰いで絶叫した。彼が丈夫で良かったとユウギは思った。 「元々不幸体質だというのに、これ以上恐ろしい目にあってはたまりません。 ――と、いうわけでペンダントの着用を許可します」 なので、このことは無かったことに……と彼の目は語っていた。 「わ、わーい……」 もちろんユウギに断る理由はない。 多大な犠牲を払ってペンダントの着用許可は下りた。 ユウギは黒板に名前を書き出し、クラスメイトたちを見渡した。 「武藤ユウギです。よろしくお願いします」 「皆さん、武藤さんが学校に慣れないうちは、協力してあげてください。いいですね?」 糸色が念を押すと、はーいと元気のいい返事が返ってきた。 本当に中学一年生だ。ユウギは今更実感する。 (皆、ちっちゃい。そうか、中学一年生ってこの間まで小学生だったんだもんね) しかしそれに違和感なく溶け込んでいる自分とは一体……。 ユウギは考えることをやめた。 クラスの仲もいいようで、あたたかくユウギを迎えてくれた。ユウギは少しだけいじめの心配をしていた自分を叱った。この年になっても、根っからのいじめられっこ思考は健在だ。 クラスメイトの質問攻撃を乗り越え、一時間一緒に授業を受けてみればすっかり溶け込んでいた。うっかり任務を忘れそうになるほどだ。 しかしまずは学校に慣れることが先決だろう。これも仕事と割り切ることにした。 本日最後の授業は数学である。 「じゃあここのページの問題、黒板に答え書いもらうわよー。応用問題だけど、頑張ってね!」 生徒からブーイングが上がる。しかしそれを笑顔ひとつで片付けて、数学教師はてきぱきと指名していく。 「じゃあ応用問題Aを進藤くんの列の人。応用問題Bの問1を武藤さん。問2を越前君。お願いね」 「えー!マジかよ……」 「ちぇ、進藤は一番簡単な問題だろ」 「それでもわっかんねーよ!」 「俺だって分かんねえー!」 問題を当てられた男子生徒がうーうー唸りながら問題を睨んでいる。ユウギは微笑ましい光景に顔がほころんだ。 確かに中学一年生には少し難しいが、高校受験を済ませたユウギには簡単な問題だ。難なく黒板に解いていく。 その余裕に気付いたのか、隣の問題を当てられた男子が話しかけてきた。 「ねえ、聞きたいんだけど」 苗字は忘れたが、下の名前は歴史の偉人と同じなので良く覚えている。きれいな顔立ちをしている女子から人気が高い生徒だった。 彼の名前にリョーマ様を付けて呼ぶほど崇拝している女子もいる。転入初日にして『今時の中学生パネェ』とユウギを戦かせた猛者である。 「えーと……うん、大丈夫。計算は合ってるみたいだよ」 ざっと彼の解いた数式を確認して正解だろうと伝えたが、彼は首を振った。 「違う。俺、見たんだ」 チョークを置いて、彼は真っ直ぐユウギの目を見た。 「変な恰好で学校のフェンス飛び越えてたの、アンタだよね?一瞬でこの学校の生徒に化けてたけど」 (うわー、助けてジャーキー) ユウギは神と呼ばれる恩人に祈った。 |