【1】女子中学生とは仮の姿!

「寝坊ーーーーーっ!?」
 ユウギは支給された高級羽毛布団の魔力によって、まんまと寝過ごしてしまった。初登校、初任務の日だというのになんたる失態。
「身支度と着替えを一分で済ませて、走って登校すれば……
 ……どう見積もっても間に合わないよ!」
 ユウギは今まで遅刻なんてアリエナーイ一回もナーイな良い子ちゃんだった。
 自分の成績に影響するだけならいざしらず、これは任務。自分の失態は事務所の失態だ。
 冷静に考えれば、色々とフリーダムなあの事務所が部下の遅刻一つでどうこうなるはずがない。
「……そういえば、変身した時……とんでもなく、早く走れてた……よね?」
 しかし人生初遅刻と初任務のプレッシャー、何より寝起きで頭はまともに働いていなかった。彼女は優等生型真面目人間らしい、本末転倒な過ちを犯すことになる。


 越前リョーマは青春学園男子テニス部の一年生レギュラーだ。
 いつも登校時間のずいぶん前から部の朝の練習に加わる。そして今朝もホームルームギリギリの時間で教室に向かっていた。
 青春学園の校舎は広い。少しでも移動時間を短縮するため、校舎裏を通ってショートカットしている。その場所は昼間でも薄暗くじめじめとしていて、いつも人通りは少ない。加えて今は微妙な時間帯のため、自分以外の人間は見当たらなかった。
 そこへ、路上パフォーマンスのような派手な格好で少女が現れた。真上から。
「やった、ギリギリセーフ!間に合った!」
 いや、ちょっと待て。
 リョーマは一言も言葉を発さず、その場で硬直した。
 間違いなく3メートルはあるフェンスを、ただのジャンプで飛び越えて校舎に侵入してきたのだ。にわかには信じられない光景が、目の前で起こった。
 しかしそれだけは終わらなかった。一瞬で彼女の衣装は青春学園の女子制服に変わったのだ。まるで魔法。いや、魔法そのものだった。
「おチビ?」
 リョーマの目は声が聞こえた背後へと向いた。彼に声をかけたのは部活の3年の先輩だった。
「菊丸先輩?」
「こんなとこで何してるにゃー?」
「いや、先輩こそ……あっ!!」
 視線を戻した時には、非日常は姿を消していた。
「……先輩、今の見ました?」
「見たって、何を?」
 しかしリョーマは、この後すぐさっきの少女と再会することになるのだった。


 とんでもない失敗をしているとも気づかず、ユウギは遅刻回避成功にすっかり安心しきっていた。登校ついでに校内を楽しむ程度には心の余裕を持てていた。
 青春学園は噂どおりの立派な私立中学校で、敷地も広ければ設備も充実している。ユウギの卒業した母校とは雲泥の差だ。
「うーん、いちいち差を見せつけられるな」
 エンジェルを始めなければ、大学進学のお金もなかった厳しい経済状況だった彼女には縁のない場所である。
 しっかりと手入れの行き届いた花壇や道を歩きながらユウギはため息をついた。

≪迫るぅ〜 ショッカァ〜 地獄のぐーんーだ〜ん≫

 事務所関係者用の着メロが鳴った。寝坊して慌しかったせいで、マナーモードに設定することを忘れていたのだ。
 画面を見ると、コールの主は松平所長だった。
「はい、武藤です」
『武藤コノヤロー。私用で変身しやがったな』
「ギックーッ」
 手元が狂って、携帯電話は床に落ちた。
 なんという情報の早さ。恐らく変身すると事務所に連絡がいくようになっていたのだろう。所長様は、まるっとするっとお見通しだった。
「す、すみませ……申し訳ございませんでした!」
『おじさんだってなぁ、ババアみたいにネチネチ言いたかねーよう。おう、分かっているとは思うが、もし正体がばれたら……』
「わ、分かってます」
『そいつも仲間になるか、消してもらうかしてもらわねーといけねぇ。気ィつけろバカヤロー』
「……ワ、ワカッテマス」
 まさにブラック会社ならぬブラックホール会社である。
 未来ある青少年たちを守るためにも、これからは細心の注意を払わなければなるまい。
 ただでさえ、ここにいるのは両家のご子息ばかり。失うものが多すぎる。ジリ貧で棚から牡丹餅だったユウギの家族とは訳が違うのだ。
 ユウギは軽率な行動を悔い、反省した。



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