【1】女子中学生とは仮の姿!

 名を偽り秘密探偵として行動する以上、今までの家には住めない。かといって事務所に住むわけにもいかない。 エンジェルになる契約が交わされてすぐ、ユウギは事務所に指示された新居へと引越しを済ませた。

 初任務の説明を受けるのは、新居の近くのカラオケボックスだった。
「打ち合わせでカラオケ……セレブ……」
 新人探偵への説明役に抜擢されたのはジャーキー探偵事務所 副所長のハンニャバル。名の通り般若のような顔をした男だ。
「まったく、所長めぇ!面倒ごとは私ばっかり!あのミナミの帝王顔め!」
 お世辞にも柄がいいとはいえないこの男と二人きりでは、店員に店の奥でひそひそされてもしょうがないことかもしれない。確実に誤解されている。しかしユウギは久しぶりのカラオケに浮かれ、ハンニャバルは顎でこき使われている上司に腹を立てており小さな事件には気づいていなかった。
「あの方の代理なら、たまには自分で仕事やれってんだ!さっさとくたばらせて所長の椅子かっさらってやる! ……ハッ、そうだ。わざとエンジェルに適当な説明しよう。こいつが大失敗すれば、所長責任に……」
「ハンニャバルさん、企みがまる聞こえです……。更に言えばマイク入ってます」
「ゲエーッ!」
 ハンニャバルは電源ONのマイクをがっちりと握って心の内を熱弁していた。もちろんその内容はハウリング付きでユウギに届いていた。
「な、何事もなかったかのように早く所長になりた〜い!じゃなかった、早く本題に入りた〜い!……うおおおおおお、私の歌を、聴けぇ〜!!」
「本題は!?」
「うるさーい!歌いでもしなきゃやってられないんじゃあ!いやっ、これはアレだ、カモフラージュだ!歌ってなかったらお前、怪しまれるからな。……あポチっとな」
 リモコンは彼の手の中。すでにリクエストが送信された後だった。そして表示された曲名によってユウギは脱力した。
「こ、このイントロは……」
「ハンニャバル、いっきまーす!」
 ようやく任務についての説明が始まったのは、ユウギがあややメドレー(12分超)から開放された後だった。

「……サイの目?」
「賽の芽だ、さ・い・の・め!」
 もちろんサイコロの目のことでもない。与えられた任務は≪賽の芽≫の探索だった。
 賽の芽とは『地球の力の分身』のようなものだ。悪の組織ナイトメアによって妖気で汚染された地球は弱っている。このため賽の芽の力も弱り、ついには姿を隠してしまった。
 今のままの力の衰えた地球では本来よりもかなり早く寿命が尽きてしまう。負の力が働いて、自然災害や経済の大恐慌が起こる可能性も高まる。そこでジャーキーは賽の芽を探し出し、開花させることで浄化しようとしている。そしてそれを邪魔しているのがナイトメア。ユウギが巻き込まれたあの天使と悪魔の戦いも、ナイトメアの妨害行為から発展したものだ。
「とにかく、賽の芽を見つけなければ話は始まらんのだ」
「おおー。探偵っぽいですね」
 ユウギが助けた先輩探偵の魔法少女は、現在療養中。まだ現場には戻れない。そのためユウギが彼女の引継ぎという形で賽の芽探索員に抜擢されたのである。そもそも現在エンジェルは2人。他に任務をこなせるエンジェルはいない。
「でもハンニャバルさん、これだけの情報じゃどうしようもないですよ。もはや人海戦術が許されるレベルの任務じゃないですか?」
 『芽』とは言っても形や大きさは一切不明だ。ユウギは「はいOKです任せてくださいバッチ来い」とは嘘でも言えなかった。
「無論、手当たりしだい目ぼしいものを探せというわけではない。その辺はちゃーんと考えてある!」
 計ったようなタイミングでカラオケボックスのドアが勢いよく開いた。現れたのは白衣の男。きりっとしたお茶の水博士のような容姿である。
「ワシが来たからには、もーーーーう大丈ー夫!!」
 おもいきり不審者だった。ユウギが事務所の関係者かどうか確認するとハンニャバルは頷いた。
「彼はソフト開発のパーキンス博士だ。博士は、なんと!!賽の芽を探し出すソフトを開発した!」
「ワシに不可能は、なーーーーい!!」
「すごーい!! もしかしてこれが?」
 ユウギはなんちゃってお茶の水博士よりも、彼の手にある電子機器が気になった。
 おお〜、とエンジェルと副所長は拍手を送る。早速博士にソフトを使って賽の芽を探してもらう。
「これがワシが密かに開発した賽の芽探索ソフト『ファインディング・賽の芽』……」
 モニターには現在地を中心とする地図が映る。その上にたくさんの印が現れた。
「賽の芽がこんなにたくさん!?これ全部探さないといけないの?」
「まさか分裂したか?いや、分身か?ジャパニーズ・ニンジャの国だからな。博士、反応した場所の詳細をお願いしマッシュ」
 博士はうなづくとファインディング賽の芽のマップを拡大。特に反応が多い場所を特定した。
「えー、雑貨屋におもちゃ屋……ボードゲームコーナーやギャンブルグッズコーナー?なんじゃこりゃあ?」
 あまり『芽』とは関係のない場所だ。博士は二人の後ろでじっと画面を見ている。
「特にすごろくには1セットに1つ付いてるみたいですよ」
「すごろくに必ずついているものといえば、サイコロくらい……って、サイコロって賽のことだな」
「それって、これってただのサイコロってことじゃ……」
「えーーーー!!駄目じゃーん!このキーーーーーーーン
「ハンニャバルさん、マイクマイク!!」
 ハンニャバルはマイクを握ったら離さない。口元からも離さない。

 その場で博士によって改良されたファインディング賽の芽は、今度こそ目標を捕らえた。今回、賽の芽の位置を示す印は一つだけ。そしてその場所は引っ越し先から通える位置にある学校だった。
「私立青春学園……って、中学校ですね」
「よーし、潜入捜査だ!ゆけ、エンジェル!地球の平和のために!!」
「えーっ!」
 こうしてユウギは賽の芽発見のため、なし崩しに中学生として潜入することになったのだった。



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